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2019-06

やさしい町に、また一歩 - 2019.06.25 Tue

昨日の大雨が嘘のように、今日は晴れて真夏のような日差しとなった。

午前中、10時前から第37回ペタンク大会が開催され、その開会式に出席をする。

毛呂山町で行われている軽スポーツの中で、一番に盛り上がっているのがこのペタンクであり、今日も100人を越えるペタンク愛好家が集まっての大会となる。

昨日は午前10時からゆずの里ケーブルテレビによる「町長に聞く」の収録があり、6月の出来事や7月のイベントなどについて話をすることができた。

その中で、埼玉医科大学病院の「くらしワンストップMOROHAPPINESS館 で今回認可が下り、導入したホスピスカーの事を聞かれる。

埼玉県初の緊急往診車両、ホスピスカー導入の経緯(HAPPINESS館より資料提供)
在宅療養支援所HAPPINESS館クリニックが2017年10月2日に開院し、2018年4月30日の時点でホスピスカーの認可要件である「①在宅療養支援診療所であること②16㎞を越える緊急往診が10件以上③かつ16㎞を越える在宅看取りが10件以上の実績」を達成していたが、その経過において県道1本道で渋滞による緊急往診に時間を要することに無力感を実感していた。
そこで2018年6月に埼玉県警にホスピスカー導入の申請を打診し、7月31日にヒアリングが実現し、8月下旬に内諾を戴くことができた。
(中略)
4月25日に正式に埼玉県警より緊急車両の認可を受け、運用開始なる。緊急車両運用にあたり、越生自動車学校での緊急車両運転教習および適正検査を受け、5月10日より運用を開始した。
初回の運用は5月22日末期がん患者の急変に対する出動、以後5月26日(急変9、6月2日(看取り)、6月6日(看取り)、6月14日(急変)、6月16日(急変)、計6回(6月19日現在)の出動実績がある。

という運用開始から多くの出動となっている。

これからの在宅介護、在宅看護、在宅での終末期における看取り、には、ホスピスカーによる緊急往診が大きな安全安心を導くものであり、斎木先生をはじめととするHAPPINESS館の取り組みに敬意と感謝を表すため、6月19日に表敬訪問をしたところである。

「日本一やさしい町もろやま」に、また、大きな一歩となる。

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オリンピックに二人 - 2019.06.24 Mon

空梅雨の様相だった梅雨前半から、相当な雨量となってきた今年の梅雨である。

最近の田植えは農家の皆さんが競っているかのように、5月中にはほとんど終わってしまい、この時期は分けつを抑える「中干し」の頃となった。

田んぼの水については、この雨でまったく心配はないが、日照不足のほうが心配になってきている。

私が取り組んでいる「耕作放棄地の再生」事業は、数年前から苦林地区の耕地を相手に格闘しているが、今年は耕地の約9割まで再生することとなりそうだ。

先日、県農林部の牧農林部長にも苦林耕地を視ていただいたが、その折に耕地整理の話となり、「是非、やりましょうよ」という牧部長の力強い言葉を聞くことができた。

あとは、地元の地権者の考え方だけだろう。

昨日、今日の埼玉新聞に嬉しい記事を見る。

毛呂山町出身の競泳瀬戸大也選手のローマ遠征での活躍記事では・・・

瀬戸400個メ 自己ベストV

順調に調整をしている瀬戸大也選手においては、来年の2020東京オリンピックでの活躍に期待がかかるが、昨日の6月23日の埼玉新聞には・・・

日本、初戦逆転勝ち 森がソロ、逃げ切る

の見だし記事は、6月22日仙台市のシェルコムせんだいで行われているソフトボールの日米対抗試合の結果だが・・・

お株を奪う 本塁打攻勢  という副題が付き、毛呂山町出身の森さやか選手を取り上げている。

その記事の中には、宇津木監督の談に・・・
「外国人投手キラー。五輪を見据えて打者としていれた」

と、森さやか選手について話しており、東京オリンピックに出場する可能性が大いにあることが解った。

是非、瀬戸大也選手とともに、毛呂山町出身女子ソフトボールの森さやか選手の活躍に期待したい。



ジャガイモ掘りは次世代交流 - 2019.06.21 Fri

毛呂山町立2保育園の園児達がジャガイモ掘りを行う日。

農業塾の皆さんは、朝8時30分には農業塾の畑に集合し、9時30分頃に到着する予定の旭台保育園の園児とゆずの里保育園の園児を待つ。

時間通りに園児が到着すると、いよいよ農業塾の塾生の仕事で・・・

園児のジャガイモ掘りの仕方やら、ジャガイモという作物の説明など、小さな子ども達を相手に蘊蓄(うんちく)を披露し、子ども達との次世代交流と言っていい企画だと感じた。

先日の小学5年生の田植え教室も、保護者の皆さんが多く集まれば、家族のコミュニティ作りの企画となるもので、これからもそういうほのぼのした企画を多く作っていきたいと考えている。

ワンデーウォーク - 2019.06.20 Thu

朝9時から、毛呂山町菊花会の皆さんが丹精込めた菊苗を配布する日。

いつもより早く役場庁舎に着き、担当職員より段取りを聞く。

今年も菊苗は全部で4,000本を越えて、充分に用意がされており、8時30分過ぎには多くの町民皆様が集まってきた。

例年と5月には菊苗の配布の前に、グリーンカーテン用のゴーヤの苗の無料配布をしていたが・・・

「ゴーヤ苗がグリーンカーテンに使われないで家庭菜園で普通にゴーヤを収穫するために栽培されているようだ」

という話になり、今年度、ゴーヤ苗の無料配布は行わないことになった理由。

菊は、毛呂山町の花であり、皆さんで「町の花」を育てていただくことで、いわゆる花いっぱい運動の推進であり、コミュニティ作りであり、いろいろと多方面に素晴らしい効果が波及されると考える。

菊苗の無料配布は、午前中で用意した4000本あまりが一通りになり、終了されたようだ。

また、今日は平成30年度の各課の歳入・歳出の決算審査が開始される日。

庁舎の会議室に各課の課長が揃い、町の代表監査委員、議会選出監査委員より、本日から6月28日までの決算審査にあたり注意点などの説明を受ける。

午後、「第21回ゆずの里ウォーク」実行委員会が開催され、令和元年度におけるゆずの里ウォークの日程や予算関係が承認された。

東松山では「スリーデーマーチ」、日高市では「ツーデーウォーク」という副題がついていることから、昨年に担当課長が話していた「毛呂山町は一発勝負で、ワンデーウォーク」という副題を使うべきと担当課長に指示をする。

「やさしい町もろやま」を「ゆずの里ワンデーウォーク」で、ゆっくりのんびりと歩いて頂きたいものだ。







毛呂山町が生んだ偉人 - 2019.06.19 Wed

昨日は、夕刻から毛呂山町園芸特産振興協議会の総会があり、お招きいただいていた関係から出席する。

総会終了後の懇親会の席上で、園芸特産協議会の会員さんから浅見紳太氏の事を聞かれた。

私が生まれ育った毛呂山町西戸の生まれであり、偉大なる国際人の浅見紳太氏について紹介したい。

浅見紳太氏の略歴

1925年(大正14年)入間郡川角村西戸に出生
1942年(昭和17年)県立川越中学校を卒業(現在の川越高等学校)
1945年(昭和20年)東京高等商船学校航海科卒業 川崎汽船入社 海上勤務
1960年(昭和35年)アラスカ航路開設に尽力 船長に昇格 翌年ニューヨーク駐在 
1972年(昭和47年)インターナショナル トランスポーテーションサービス(以下 I・T・S)社長になる。
1990年(平成 2年)I・T・S会長
1992年(平成 4年)日本国外務大臣表彰
1995年(平成 7年)勲五等双光旭日章受賞  I・T・S相談役 名誉会長

1964年アメリカから帰国した浅見氏は、今後の海運はコンテナ輸送が中核であるべきだとの発想に立ち、その第一歩を踏み出す。
8年後川崎汽船はロングビーチ港にI・T・Sのコンテナターミナルをつくり、彼を社長にする。

当時の海運界はこの新様式には極めて懐疑的であったが、浅見氏はそうした障害を払拭し、アメリカ有数のターミナルに仕上げ、世界の有力船会社を自ら訪問して顧客を獲得する。

しかし、残念なことに日本の船会社は政府の規制により、親会社の川崎汽船でさえI・T・Sの利用ができない状況にあったが、これもみごとに乗り越えることに成功する。

さらに、1980年代には太平洋岸に港湾経営のネットを張り、北はタコマに、サンフランシスコ湾にはオークランドなどにコンテナターミナル社を設立。

ロスアンゼルスでは、石炭積み出し施設のあるカイザーインターナショナル社まで買収し、名実ともに米国随一の会社経営にのりだし、多くの国際会議にアメリカ代表として出席するに至る。

コンテナは、元来荷主の戸口から受取人の戸口へという一貫輸送が目的であることから、国内を網羅するシステムが必要になってくる。

そこで、浅見氏が長い間夢にえがいていた大陸横断の鉄道輸送にとりかかることになる。

これがコンテナ2段積み専用列車である。

7年間ロングビーチ港湾局や市会との激しい論争を経て、やっと走らせることになる。

2000メートルに達する専用列車が堂々とロングビーチ港やタコマに発着する姿に接した両市の関係者は皆、「キャプテンアサミの意見に従ってよかった」と称賛しているとのこと。

日本人としてアメリカ社会で孤軍奮闘しながら、市政発展と多くのアメリカ市民にその利益を還元できたことは無上の喜びと述懐している。

ロングビーチ市からは「港湾鉄道の父」と称号まで与えられる。また、タコマ市からも市発展に寄与した功績を称え「キャプテン・アサミ・デー」を設けられ感謝される。

彼はまさに初雁(川越高等学校)から翔き、世界に大きな功績を残した偉大なる国際人である。

彼の半生は、その著「人生・夢航海」にくわしく書かれている。

以上は、埼玉県立川越高等学校 の百周年記念誌「くすの木」の中 はつかり人物誌で紹介されている記事である。

私が23歳の時、アメリカのカリフォルニアに視察に行くこととなったが、その時に私の父が・・・

「カリフォルニアには私が子どもの頃によく遊んだ浅見紳太っていう男がいて、凄いことやっているようだから、会えれば会って私がよろしく言ってると話してくれよ」

と言われ、カリフォルニアでは馴れない英語で電話をして、当時埼玉県人会の会長を務めていた浅見紳太氏に会うことができた。

同郷の先輩であり、雲の上の人だが・・・

私の父と遊んだ話から、当時の西戸の様子を話したことが記憶に残っている。




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