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2012-05

故 小沢信義前町長、県知事より感謝状が贈られる - 2012.05.31 Thu

首相の険しい一本道 小沢氏の傷はさらに深く

「できるだけ多くの同志が結束して野党と向き合い、成案を得るということです」

民主党の小沢一郎元代表と会談後、野田佳彦首相は険しい表情でこう語った。この言葉からも目的が「小沢氏との決別」だったことは明らか。首相の視線はすでに次のハードルである内閣改造に移っている。

会談は1時間半も続いたが、ずっと平行線。小沢氏は「増税の前にやることがある」と説いたが、首相は「財政再建は待ったなしだ。このままでは『決められない政治』として日本の政治は漂流する」とはね付けた。

「数の論理」の信奉者のくせに多数決で敗れても従わない。首相は、そんな小沢氏にかねて嫌悪感を抱いてきた。会談を「乾(けん)坤(こん)一(いっ)擲(てき)」と表現したのは「小沢切り」を消費税増税への第一歩だと考えたからだろう。

確かに衆参ねじれ下で消費税増税関連法案を成立させるには自民党の協力を得るしかない。ただ、その一本道はあまりに険しく代償も大きい。

自民党の要求通り「小沢切り」に応じても、次に参院で問責決議を受けた田中直紀防衛相ら2閣僚の交代が待ち受ける。中国大使館1等書記官のスパイ疑惑浮上により鹿野道彦農林水産相の交代も避けられない。

内閣改造しても、今度は、最低保障年金制度や後期高齢者医療制度廃止など衆院選マニフェストの撤回を迫られる。首相はこれらを自民党が設置を求める社会保障制度改革国民会議で棚上げする考えのようだが、自民党が条件をつり上げる可能性もある。法案の修正協議で自民党の要求を丸のみすれば民主党中間派さえ離反しかねない。


昨日の、野田VS小沢会談への記事だが、同じ昨日埼玉県町村会定期総会がさいたま市の埼玉県県民健康センターで開催され、併せての自治功労表彰では各自治体より勤続20年以上の職員が表彰された。



その後の記念講演「どうなる日本の政治」と題してテレビでおなじみの政治評論家の有馬晴海氏の講演で野田氏と小沢氏の思惑など裏側的な話しを聞いた。

小沢氏については、「自民党を抜けてからの小沢氏は、自民党を無くすことを目標としているものであり、自民党そのものが今までの政治改革に対して壁となってきた要因」と今までの論調から解釈できるという。

また「新進党の頃から小沢が・・小沢が・・と言いながら、その時々に大きな変革をしてきた人なのだから、この際、小沢一郎に総理大臣を一度やらしてみればいい、多分半年も持たないから・・そうすれば、そのあとの政治がやりやすくなりますよ」と・・

解散についても、3月解散、6月解散、今度は9月解散と言っているけど、政治家よりも結局これはマスコミが創っているもので、こういう期待的見出しがなければ週刊誌も売れないようなもの・・

例えば、「今年の正月に3月解散もありません。6月解散もありませんよ」などとマスコミや政治評論家が言ってたら、国民は政治になにも期待しなくなり経済が疲弊してしまうのだと・・

長く政界に人脈を持っている有馬氏の講演だったが、声が大きく主婦受けするようなお話が印象的・・

講演で話された・・9月の野田・谷垣両氏の進退をかけた「話し合い解散」でも期待してみようか
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英霊を奉る・・遺族会の総会に出席 - 2012.05.29 Tue

国会事故調 目に余る菅氏の責任逃れ 解明に証人喚問が不可欠

「原子力ムラは戦前の軍部と同じ」。東京電力福島第1原子力発電所事故当時の政府最高責任者として菅直人前首相が国会事故調査委員会(国会事故調)の参考人聴取でこう語った。菅氏は政府や東電などによる原子力行政を「戦前の軍部」に例えて全面解体を求めるなど、国家エネルギー政策を担う責任はみじんも感じられず、唖然(あぜん)とせざるを得ない。

菅氏は事故直後の強引な現場視察を「直接見ることで状況が把握できると考えた」と正当化した。事態を悪化させたとされる海水注入問題でも自らの責任を全面否定するなど「政府の対応を混乱させた」とする海江田万里経済産業相(当時)らの証言と食い違い、国民に重大な疑問を残した。

 ≪不作為の責任も追及を≫

国会事故調は菅氏の証人喚問など与えられた国政調査権を活用して事実関係を究明し、責任を徹底追及すべきだ。

また今回の聴取で、安全保障会議開催や災害緊急事態布告など首相として当然なすべき対応を取らなかった「不作為の責任」を解明しなかったのはおかしい。事故の再発を防ぐためにも、その究明は国会の責務である。

今回、注目されたのは、2月末に公表された独立検証委員会(民間事故調)の報告で、視察の際に「俺の質問にだけ答えろ」と菅氏が班目(まだらめ)春樹原子力安全委員会委員長を一喝したとされる問題や、昨年末の政府事故調査・検証委員会(政府事故調)の中間報告で政府の情報集約・伝達・公開の不備が指摘されたことへの対応だ。

菅氏は国の責任者として事故を止められなかったことを国民にわびたものの、これらの問題では責任を認めなかった。現場視察では「現場責任者の顔と名前が一致したのは大きかった」と正当化し、東電の勝俣恒久会長が「首相の質問で時間を取られるのは芳しくない」と視察を批判したのとは正反対だった。

1号機の海水注入問題でも「官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェローが注水を止めさせた。なぜ止めろと言ったのか全く理解できない」と名指しで批判、自らの責任を否定した。こうした矛盾の解明には、証人喚問が不可欠だ。

そもそも政府事故調が「政府に甘い」との批判を受け、昨年12月に設置されたのが国会事故調である。それゆえに独立性と強い調査権限を持たせ、省庁などに内部資料を強制的に提出させられる。政治家らを証人喚問し、嘘をつけば偽証罪に問うことも可能だ。

事故の原因究明に世界が注目している。枝野幸男経済産業相(当時官房長官)も聴取で「記憶にない」の発言を繰り返した。最終報告書では首相の責任を明確にし、再発防止策を提言すべきだ。

 ≪再発防止の提言が肝要≫

一連の参考人招致を通じ、菅内閣の原発事故対応をめぐる体制の問題点も改めて浮かんだ。法の運用の問題に加え、法体系そのものに不備がある。必要な見直しにつなげなければ、事故が再び起きた場合に混乱を繰り返すだけだ。

今回の聴取で取り上げるべきだったのは、菅氏が政府の司令塔でありながら事故後に安全保障会議や中央防災会議を開催しなかったことだ。現行法の下でも「オールジャパン」の体制を構築できるのにその仕組みを使わなかった。

政府内の情報共有を図ることで官僚組織に能力を発揮させ、関係業界への協力要請も迅速に行うなど、国の総力を挙げて取り組むことがなぜできなかったのか。

一方で、菅氏は法律に基づかない対応を相次いでとった。事故4日後の3月15日、東電本店に政府と東電の「対策統合本部」を設置したのは代表例だ。菅氏は「私のアイデア」と認め、統合本部により事故現場の情報共有が強化されたなどと有効性を主張したが、原子力災害対策特別措置法に基づく対策本部と別に、もう一つの本部が並立されたことで、一元的対応に支障があったのが現実だ。

特別措置法が大地震、大津波との複合災害など過酷事故を想定していない点は菅氏も認めた。その改正が必要だ。併せて災害対策法制全体の見直しを行わなければならない。中心となるのは災害対策基本法だ。国会閉会中などを想定した災害緊急事態の布告を発動しやすくし、被災者の生命・安全を守るため必要な物資確保などの措置をとることができるようにすべきだ。

事故調の責任は大きい。


昨日の国会事故調査委員会への記事だが、今後、大きな展開へとなり得るもので・・念のため掲載する。

菅元首相は、首相退陣後四国にお遍路まわりに出かけるが、「お遍路まわりをするのなら、被災地まわりをしろ」と批判された。今回の聴取でお遍路まわりに出かけられるほどの自己主義論者であり、戦前の例えがあったが彼こそ「戦犯」と同じではないだろうか。

特に、刻一刻と緊急事態へと陥っていく原始力発電所の状況に対し、専門知識を持つ責任的能力を有する担当者の判断を妨害するような言動があったことは、許しがたい「権力の行使」と言える。

「国会事故調査委員会の責任は大きい」と締めくくった記事だが、一国の長「日本国総理大臣の責任」についてどのように対処していくのか注視していきたい。



昨日は、第二次大戦で戦死した方々の「遺族会」の総会があり出席をする。

実は、私の叔父、つまり私の父の兄がビルマでのインパール作戦で戦死しており、我が家は遺族会の会員にもなっている。

「日の丸を揚げましょう」などと、私がよく口にするのは、今の不自由のない日本という国がある根底には、大戦で亡くなられた方々(英霊)がいたお蔭であり、それは後世に伝えなければならない現代を生きる人間の責務だという考えからだ。

遺族会も戦後67年という年月を経て、会員が高齢となってきたことから会員数が減少してきており、私のように戦没者の甥となるとC会員という格付けで寂しい限りだが、最後に自分だけとなっても「遺族会」の英霊を奉るためにも受け継ぐ覚悟でいる。

現会長から「町からの補助金が減少してきており、遺族会も大変なんで・・」と言われ、「補助金の考え方をまずゼロベースから」と議会でも話している関係から苦慮もするが・・

お金の額や事業ばかりでなく、日本人の「心のよりどころ」となる「英霊を称える心」を育てていくことが大事で、特に、子ども達に戦争の悲惨さを伝えながら・・

「戦没者を敬う」という「忘れかけている国民性を育てなければならない」そんな時代なのだろう。

毛呂山消防団「愛郷心・愛国心」増量中! - 2012.05.28 Mon

今朝のネットニュースで・・谷垣総裁「場合によっては、増税法案反対も・・」に、まだまだ方向性が定まらない自民党を感じたが・・

それよりも、昨年の東日本大震災での民主党の対応のまずさが露呈した記事に目がいく。


枝野氏が事故対応に改めて陳謝 東電は「全面撤退」と強調

国会の東京電力福島原発事故調査委員会(国会事故調)は27日、事故当時の官房長官だった枝野幸男経済産業相から参考人聴取を行った。

枝野氏は放射性物質の拡散を予測する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算結果公表の遅れが「信頼を損なっている大きな原因になっている」と指摘。

「多くの皆さんが避難を余儀なくされ、申し訳なく思う」と陳謝した。

昨年3月15日未明に東電の清水正孝社長(当時)がかけてきた電話については「全面撤退したいという話だった」と強調した。

枝野氏は清水氏の電話について「部分的に残す趣旨でなかったのは明確だ」と述べた。第1原発の吉田昌郎所長(当時)にも電話したことも明らかにし、「本社が全面撤退のようなことを言っているが、まだやれることはあるかと聞いたら、所長は『まだやれることがある。頑張ります』と答えた」と説明した。

東電は全面撤退を考えたことはないと説明しているが改めて政府中枢との認識の違いを浮き彫りにした。

経済産業省原子力安全・保安院の広報担当審議官が事故翌日の昨年3月12日の記者会見で「炉心溶融」の可能性を認めた直後に担当を交代させられた点について、委員が「炉心溶融」の言葉を使わないよう指示したのではと指摘すると・・

枝野氏は「こういう言葉を使うなと指示したことはない。翌日の私の会見でも『炉心溶融の可能性』と言っている」と否定した。


緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報の遅れは、放射性物質の拡散における政府の対応が批判されても仕方ないもの・・

以前も書き込んだが、福島県浪江町の馬場町長は「もっと早くSPEEDIの情報を知らせてくれれば、町民の皆さんを放射性物質濃度が高い地区などに避難指示はしなかった」と話されており、今回の枝野氏への参考人聴取は当時陣頭指揮をとった菅首相をはじめとする政府の対応について「人災の域」を認めたものだろう。



5月は、各組織において総会を開催することが多いが、現在の公職となり昨年よりも総会の多さに変調をきたして来た感がある。

ちょうど田植え時期という事も、それに拍車をかけているのだろうが・・、

近所の方々に田植えを頼まれており、息子も就農したのだから息子に任せればいいのだが・・「田植え」の作業はその仕上がり結果がしっかりと後に残るものだから、ある意味「田植え作業は、その仕上がりが営業活動」であり、ついつい自分がやってしまう。

この土・日で、公務の合間で頼まれた田植えが終わり、残るは我が家の分だけとなったので・・練習を兼ねて息子に任せようと思っているが、肝心の息子は6月10日の消防操法大会が迫っており、ここにきて練習に熱が入っているようだ。

昨日27日は、毛呂山消防団の5個分団が早朝4時過ぎから合同練習をすると連絡を受け、管理者として仕上がり具合を見ることができた。

私も消防団を23年間経験し、操法も支部大会6回、県大会・全国大会それぞれ1回の合計8回経験しているが、操法が好きでなければここまでできないもので、昨日の合同練習では実際にホースを担いで走りたくなるほど・・

操法大会まで残り10日余りだが、それぞれ5個分団も最後の仕上げの時期・・「とにかく体調を万全に、怪我だけはしないように気をつけていただきたい」と、過去自分が大会前日にギックリ腰をしてしまい優勝を逃したことを思い出しながら話した。

「毛呂山消防団の団員として消防魂を見せてくれ」の言葉を最後としたが・・

操法によって育つ団員各位の「愛郷心・愛国心」を何よりも期待するものだ。


(消防操法大会:ポンプ車の部、指揮者・1番員・2番員・3番員・4番員の計5名、可搬ポンプの部、指揮者・1番員・2番員・3番員の計4名、によって規定時間を目標にいかに安全にチームワークをもって火事を想定した的に水をかけることができるかを競う大会)

田の無い永田町で、早朝散歩 - 2012.05.24 Thu

早くも波紋、反発の声も・・大阪市の政治活動規制条例案

大阪市が市職員の政治活動を刑事罰付きで制限する条例の制定を検討していることへの波紋が、早くも広がりつつある。

専門家は憲法が保障する思想信条や表現の自由に対する侵害や、国家公務員法にはある罰則規定が地方公務員法にはないこととの整合性をめぐり、問題点を指摘。

前例のない条例だけに、市から照会を受けた総務省も慎重な姿勢を崩さない。

一方、組合からは反発の声が上がっている。

地方公務員法は、自治体職員が特定の政党や政治団体を支持し、投票に勧誘したりする政治活動を制限。一方で国家公務員法と異なり、罰則は設けられていない。

大阪市は制定へ向け、今月上旬に総務省へ文書を送付。
(1)職員の政治活動を国家公務員並みに制限できるか
(2)条例で刑事罰を規定できるか
(3)地方公務員法で活動を制限されていない公営企業職員などを罰することはできるか

について見解を求めた。

これに対し総務省の担当者は「経緯が不明で、現時点で見解を述べるのは難しい」としている。


ネットニュースの記事を掲載したが、コンプライアンス(法令遵守)をことごとく掻い潜って、新しい見解を創ろうとしている橋下市長だ。

一昨日、昨日と東京の永田町で一泊二日の「関東トップセミナー会議」に参加し、4人の先生方の講演を聞いたが、その内のお二人が大阪の橋下市長に対して「場当たり的な政治家」という酷評を話された。

「大阪だから、あれでいいのかも知れないが関東では通用しないだろう」とも・・

私的には、その言葉に同調まではしないが「今の政治不信に一縷の期待が集まっている一つのブーム」と感じており、一昨年前の河村名古屋市長であったり、政権交代を果たした民主党だったり、もっと前の小泉旋風も同じで、その結果は・・と言えば、時間の経過でことごとく「負の政治」である。

そのブームが、今の橋下徹市長であり、東京都の石原慎太郎都知事であり・・だが、これも時間の経過で「負の政治とならなければいいが・・」と感じるばかりだ。

そんな昨日は、永田町の町村会館で一泊したが、いつものように2時過ぎには目が覚めてしまい・・明るくなる4時過ぎから散歩に出る。

自民党本部、民主党本部を回り、国会議事堂のまわりを一回りし、それぞれ100mごとに立っている警察官に「おはようございます」の挨拶をしながら総理官邸の前まで来て、7人の警察官が立っていることに驚く。
その警察官と暫し話しをしたが、「雨が降ろうが、雪が降ろうが、警戒の立ち番は続けられる」とことに関心した。

一泊二日の研修から帰庁し、留守中の町の報告を受けるも・・また直ぐ法人会の総会と懇親会で5月という月は胃が休まる時が無い。

今日は更にハードで、総会あり、夜の会議ありと四六時中忙しいが、まだ暗いうちからの田んぼの仕事で気分を変えようか・・

寝る間を惜しんでの百姓だが、私にとっては一番のストレス解消法・・

コンクリートばかりの永田町より、やっぱり田んぼがある毛呂山町が一番だ。

三つ子の魂、百まで・・を久々昼に書き込む - 2012.05.18 Fri

幼児教育において、はじめに心にとめておきたい”日本の大事な格言”・・

「三つ子の魂、百まで」

「3歳ごろまでに受けた教育によって形成された性質・性格は、100歳になっても根底は変わらない」という意味だが、その理由が昨日のスキャモンの発育曲線で理解できる。

「なんて大げさな! 本当に3歳までなのか!」という人もいるだろう。

正確に3歳まで・・というと議論の余地はあるが、幼児の時期に人格を形成する基本ができあがるというのは本当で、科学的に証明してきたのが「スキャモンの発育曲線」である。

生まれたばかりの赤ちゃんは、基本的に未発達の状態で生まれてくる。

ひとりで立つことも食べることもできないし、目も見えない状態である。

脳の中の神経細胞は、生命を維持する最小限以外は、ほとんど未発達の状態であり・・、
それはお母さんのおなかの中にいたころが、羊水で守られている関係から刺激らしい刺激もない状態だからだ。

しかし、生まれた瞬間から、外界からの強い刺激にさらされるようになり、光、音、におい、暑さ、寒さ、感触などが絶えず訪れ、そうした刺激や環境に適応しようと、脳が活発に活動し始める。


だから、人の成長において生まれてから最初の3年間ほどの急成長は、ものすごい右肩上がりの成長だと言えるのだろう。

その証拠に、生まれたばかりの赤ちゃんは、目も見えず、歩けず、話もできなかったのに、ほんの3年後には見違えるほどの成長を遂げている。

目が見え、歩けるようになり、話ができ、自分の思っていることや考えていることまで、はっきりと話し始める。

ものすごい急成長、急発達!脳の神経細胞の発達は、「生後3歳くらいまでの期間が本当に大事」なんだと・・

スキャモンの発育曲線では、0歳~3歳くらいで脳内神経細胞のおよそ80パーセントが完成されるという。

急激な成長をする脳内では、脳神経に強く受けた刺激の配線を残し、これが「性格形成の原点」なんだと・・

「人間の性格はなかなか変わらない」という悩みも、これが要因であり、誰しも幼いときからの性質・性格は大きく変わってはおらず、「自らの人生を振り返れば基本的な部分は今も昔も同じである」という実感があるだろう。

未発達の状態が故に、「親として、0歳~3歳は絶対に手を抜けない時期」であり、幼児がすくすくと育つ教育環境(1歳~6歳)に対して、 その最初の3年間についてスキャモンは警鐘を鳴らしているのだろう。

以前、毛呂山町で講演をいただいた松居和先生がこんな話しをした。

「0歳から、保育園にご自分のお子さんを入れないでください。あなたが60歳になったら元気でも老人ホームに追いやられるような・・そんなお子さんになりますから」・・と。

東京都江戸川区は、東京23区内で唯一公立保育園で0歳児保育を実施していない区であり、「保育ママ」という制度で0歳児に対応してきた根底には、以上書き込んできた発達期の大事な時期への考え方によるものだ。


次は、保育園のあり方と毛呂山町の公立保育園について書き込みたい

スキャモンの発育曲線 - 2012.05.17 Thu

子供の成長について 「スキャモンの発達曲線」を是非ネットで調べていただきたい。
この書き込みでは、曲線図を掲載しないが以下「スキャモンの発育曲線」についての説明を掲載する。


スキャモンの発育発達曲線を参照すると、神経系統は生まれてから0歳~5歳頃までに80%の成長を遂げゴールデンエイジと呼ばれる12歳でほぼ100%になります。

この時期は、神経系の発達の著しい年代で、さまざまな神経回路が形成されていく大切な過程となります。
神経系は、一度その経路が出来上がるとなかなか消えません。
たとえば、いったん自転車に乗れるようになると何年間も乗らなくても、いつでもスムーズに乗れることが出来ることから理解できると思います。
この時期に神経回路へ刺激を与え、その回路を張り巡らせるために多種多様な動きを経験させることは、とても大切なことです。

子どもが成長していく時点では、器官や機能はまちまちの発達をしていきますので、ある一つの課題に対しても、吸収しやすい時期と、しにくい時期が出てきます 。
そこで、最終的に大きな成長を期待するなら、最も吸収しやすい時期に、その課題を与えていくのが最適な方法です。
 
プレゴールデンエイジ  5歳~8歳頃

スキャモンの発育発達曲線では、プレ・ゴールデンエイジと呼ばれる5歳~8歳頃は、神経系が著しく発達する時期であることが判ります。脳をはじめとして体内にさまざまな神経回路が複雑に張りめぐらされていく大切な時期なのです。

この時期の子どもたちは集中力が長続きせず、常に新しいものに興味が移っていくといった特徴を 持っていますが、神経回路にさまざまな刺激を与え、その回路をさらに張りめぐらせること、神経系の配線をより多様に形成していこうとする自然な欲求の現われなのです。子ども達は集中力がないのではありません。非常に高い集中力を持ちながらも、常に多種多様な刺激を身体が求めているのです。

子ども達のこのような集中力を利用し、飽きさせないで楽しませるためには、多彩なアクティビティ(遊びの要素を含むもの)を与えていくことが1つのポイントです。鬼ごっこや、木登り、ボールを使ったさまざまな遊び、それらの動き一つ一つが、後になって貴重なものとなって身体の中に刻まれていくのです。次に訪れるゴールデンエイジを生かすも、殺すも。この時期次第といってよいでしょう。この時期は多種多様な動きを経験させる ことが大切です。
スポーツの基礎づくりが多面的であればあるほど、後に専門的なスポーツを行った時に覚えるのが早いと言われています。

ゴールデンエイジ 9歳~12歳頃

9歳~12歳頃になると、神経系の発達がほぼ完成に近づき、形態的にもやや安定した時期に入ります。
この時期は 、動作の習得に対する準備態勢(レディネス)も整い、さらに「可塑性」と呼ばれる脳・神経系の柔らかい性質も残しているという非常に得意な時期として位置づけられています。
一生に一度 だけ訪れる「即座の習得」を備えた動作習得にとって、もっとも有利なこの時期は、「ゴールデンエイジ」と呼ばれ、世界中どこでも非常に重要視され、スポーツでも 同じです。必要なあらゆるスキル獲得の最適な時期として位置づけられています。しかし、この「即座の習得」は、それ以前の段階でさまざまな運動を経験し、神経回路を形成している場合にしか現れません。だからこそ、プレゴールデンエイジも重要となるのです。


ポスト・ゴールデンエイジ 13歳頃以降

ゴールデンエイジを過ぎると、発育のスパート期(思春期スパート)を迎えます。
骨格の急激な成長は、支店・力点・作用点に狂いを生じさせるため、新たな技術を習得するには不利な「クラムジー:Clumsy」と呼ばれる時期となり、今までにできていた技術が、一時的にできなくなったりすることもあります。
この時期は、スキャモンの発育発達曲線を見ると、生殖器型で、ホルモンの分泌の著しくなる時期です。男性ホルモンの分泌は速筋線維の発達を促し、それまでに身につけた技術を、より速く、より強く発揮することを可能とさせてくれます。

「三つ子の魂、百までも」を含めて、何が言いたいか・・・は、明日以降の書き込みで

党をまとめきれずに・・匙を投げる - 2012.05.09 Wed

野田総理、「アイアム・ソーリ(総理)」なんて、パーティーで駄洒落を言ってる場合ではない。

以下は、いつもチェックするネットの記事

民主党の小沢一郎元代表への党員資格停止処分について、党常任幹事会が解除を決めた。

政治資金規正法違反事件で小沢氏を強制起訴した検察官役の指定弁護士は、9日に控訴の可否を判断する予定だ。だが、民主党はそれを待たずに「判決確定まで」と自ら決めていた期限を一方的に覆した。

これは、公党の資格はないと宣言したに等しい。国民の信頼を自ら踏みにじっては、だれも民主党を信用しなくなるだろう。

昨年2月の処分は、小沢氏の起訴だけではなく、元秘書ら3人が逮捕・起訴されたことや小沢氏が国会で説明責任を果たさなかったことも理由に挙げていた。

小沢氏の政治的・道義的責任は問われ続け、説明責任を果たしていない状況も変わっていない。その答えを示さぬまま、小沢氏は党代表選への出馬も可能になる。処分の全面解除の是非にどれだけ議論が尽くされたのだろうか。

この問題で輿石東幹事長は「党内の結束」を掲げ、処分の早期解除を主導してきた。消費税増税などをめぐり、党内に亀裂が生じるのを避けるためだろう。

だが、政権を担う民主党に求められているのは、党内融和ではなく、対立を恐れて重要政策を決められない欠陥をどう是正するかだ。処分解除は根本的な問題の解決にはつながらない。

野田佳彦首相は処分解除問題で自らの考え方を明確には示さず、「党に任せてある」と輿石氏に全面的に委ねてきた。小沢氏の早期復権を明言してきた輿石氏の判断を容認したともいえる。

輿石氏は消費税増税関連法案の継続審議を図るとみられている。首相は輿石氏に采配を任せ、消費税増税に反対する小沢氏の発言権拡大も認めた。消費税増税に政治生命を懸けるとしてきた発言と、どう結びつくのだろうか。

小沢氏は民主党のマニフェスト(政権公約)を重視する姿勢を取っている。これでは、与野党協議に必要なばらまき政策の撤回など、とてもできまい。

首相は民主党代表として、党運営への責任も有している。だが、田中直紀防衛相ら問責決議を可決された閣僚の進退問題も輿石氏の判断に任せている。

自ら重要な政治判断を下せないなら、首相の指導力はどこにいったのかと言わざるを得ない。

これを読んで・・
野田首相は、「匙を投げた」に等しい状況になってきているのではないだろうか・・と感じた。


5月、野菜苗を植える時期だが、天候が定まらず・・今年の春は畑仕事が進まない人もいるようだ。

いつものように、毛呂山町でもグリーンカーテン事業を役場や町内の各小・中学校で準備を進めているが、オリジナルなグリーンカーテンを含めた緑化事業ができないものかと密かに考えている。

キュウリやトマト、ピーマンなどの栽培で来庁される町民の方々に喜んでもらえたら・・とか、獲れたてのキュウリなどは保育園の園児や学童保育所の子ども達に味噌をつけての「(毛呂)モロキュー」で食べさせてあげたいと・・

いい事はドンドンと、動きが見える町政運営を考えながら・・今朝は、駄洒落で

豪放磊落、第7代毛呂山町長 小沢信義 - 2012.05.07 Mon

昨日6日、午後1時から毛呂山町の保育園問題が、TBSテレビ「噂の東京マガジン」で放映される。

案の定、テレビ局のいいように構成されたもので、局側に届いた保護者のメールの内容と町への1時間30分もの取材から判明したであろう「くい違い」を取材陣は理解しながらも「取り上げた以上は、それなりのものへ・・」という編集だろうか。

本町の抱える「子育て環境の整備」についての歴史をまったく窺えるものではなかった。

また、そのくい違いをこのような書き込みで押し問答のようにすることも軽率なことであり、毛呂山町としてのしっかりとした行政運営を行っていくのみだ。

ただ、時系列によって町として保育園保護者との間に説明責任が果たしきれて無いことは事実であり、今後も丁寧な対処を心がけていきたいと考える。



ゴールデンウィークの狭間・・

5月2日朝、突然の訃報に言葉をなくした。「前毛呂山町長の小沢信義氏が亡くなられた」と・・

2月にお見舞いに行ったあとずっと気になっており、その前日の5月1日、行田市から譲り受けた古代蓮から芽が出たので、その報告がてらお見舞いに行こうかと・・

ご自宅に電話して奥さんから具合を聞き、あまりよくない返事に「行田市から戴いた蓮が芽を出したことを伝えてください。お大事に・・」と電話を切った。

まだ68歳・・町長職を昨年5月13日に退任してまだ1年も経ってないのに・・これからやっと「好きなゴルフや旅行で楽しむんだ」と言っていた矢先に、ただただ無念ばかりが残り・・町にとって大きな方を失ってしまった。

昨日6日、ゴールデンウィークの最終日で休みだったが、弔辞を書くのに自宅では気が散るので朝8時から役場に行き、町長室にこもり弔辞を書き上げた。

小沢信義氏が平成20年に自費出版した「現職三期目、町長の甘辛事件帳」を久しぶりに開き、懐かしい写真や目次に書かれている町のエピソードなどに目を通した。

また、ネットで調べていて、小沢信義氏にぴったりの四文字熟語も見つけた。

「豪放磊落」(ごうほうらいらく)だが、意味は「気持ちが大らかで、神経が太く、小さなことにこだわらない」であり、まさにそのとおりでワンマンなところが「良きも悪しきも・・」だろうか。

私は、家業の農業を継いだ22歳からの付き合いで既に30年以上となるが、我が家がある西戸地区に小沢家が越してきてから4年ごとの選挙選挙で、あの一家のおかげで大変な地域となったし、「あの小沢信義がいたから今の私がいる」ということも解っている。

特に、「何かを決める」という決断力は早くて、強い方・・
それはそれで首長として必要な資質だが、私はよくぶつかり「小沢信義に対抗するには3回言い返さないとダメだ」ということが身についたほどだ。

手は、互いに出さなかったが役場の廊下で言い争ったこともあったし、一緒に飲んでいて私の言葉に激怒して「俺はもう帰る。タクシーを呼んでくれ」とすごい剣幕で立ち上がったこともあったが、そういう喧嘩の「しこり」を後にまったく残さないところが素晴らしい人だ。

しがらみが残る時代からの転換期だから、その反動も大きく「小沢信義は激動の町長」だと私は理解しているが、行財政改革による住民サービスの低下から多くの反発を受けてきたのも事実で、そのストレスは如何ばかりだっただろうか。


そんな激動の町長への弔辞・・

何度も何度も、書き直し、そして書き足し、読み直し、そして読み返し・・3時過ぎに弔辞の容はできたが、何度読み直しても満足な送る言葉ができない自分に呆れ・・

どれだけ時間をかけても足りない「大きな人」を痛感するばかりの昨日となった。

今日の告別式、満足な弔辞ではないが、惜別の言葉と共に蓮が芽を出した写真を入れようと思う。








その時だけではなく、将来に続く対価 - 2012.05.02 Wed

ゴールデン・ウィークの関越自動車道で日本中が震撼するような大参事が発生した。

4月29日、午前4時40分ごろ、群馬県藤岡市岡之郷の関越自動車道上り線で、金沢市内発、東京ディズニーリゾート(TDR、千葉県浦安市)行きの大型観光バスが道路左側の防音壁に衝突した。
乗客45人のうち男性1人、女性6人の計7人が死亡、3人が重体、11人が重傷、24人が軽傷を負った。運行していた貸し切りバス会社「陸援隊」(千葉県印西市)の河野化山(かざん)運転手(43)も重傷。 

警察庁によると、高速道路での単独事故死者数としては過去最多。

県警によると、河野運転手は「居眠りしてしまった」と話しており、県警は同日、自動車運転過失致死傷容疑で河野運転手の逮捕状を請求。退院後に逮捕する方針。また30日にも同社を家宅捜索し、運行管理に問題がなかったか調べる。関東運輸局と成田労働基準監督署も、同社の運行状態や労務管理の実態を調べる。


昨日、5月1日に運転手が逮捕されたが、居眠り運転で意識のない状態での高速バスに乗り合わせた方々におかれては、一瞬で地獄のような惨状と化し・・今まで運行されてきた高速バスに対する「安全で低料金な上に目的地まで利便性がいい」というキャッチコピーは、運行上の法的な見直しを行わなければ今後使えないものとなった。

亡くなわれた方々とご家族に哀悼の意を表し、怪我をされた多くの方々にお見舞いを申し上げたい。



5月に入り、早いもので6月議会の声を聞くが、保育園の関係では請願が出されるとのこと・・

私も平成22年9月議会で請願の紹介議員となったことがあり、そのときは「ごみの分別・ごみの循環型社会の構築」だったが、自らの力不足を感じるばかりだった。

そのときの請願に対する本議会での自身の賛成討論では・・・

(前文中略)
請願は請願権として国民の基本的権利として保障されているものです。ですから、請願をしようとする者は、未成年でも法人でも外国人でも認められているものです。そして、議会に請願の受理権を認めたのは、住民自治の立場から、住民の代表機関である議会に請願を通して住民の意思を反映させ、議会の意思によって住民の願望である請願の趣旨の実現に努めるためとして議員必携に書かれております。

そして、請願の採択に対しては、一般的に願意が妥当であるか、次に実現の可能性があるかであり、前者は法令上の見地から見て合理的なものをいい、後者はその緊急性や重要性及び財政事情などから見て、ごく近い将来実現の可能性があるものをうたっております。今回のごみ問題に対する請願は、毛呂山町に対してごみに対する分別と減量化施策をお願いするものであり、請願書に書かれている文言は、その組織化や町民への働きかけを促す体制づくりと、そこから枝葉を伸ばすことができる福祉事業への転換が盛り込まれた内容です。

また、生ごみに関しても手軽な方法で堆肥化するなどと明記しており、従来からの発泡スチロールを使い米ぬかとおがくずにより生ごみを堆肥化する「バクちゃん」や、最近では湿気の多い「バクチャン」から段ボール箱を使ったもみ殻薫炭と、おがくずにより堆肥化する「クンタくん」の普及を指すものです。
公共施設で排出される厨芥類において、町内に堆肥化へ向けた施設の設置とありますが、これは民間との協力体制を含めた施策も考えられ、給食センターの残渣に限ったものではありません。請願の取り扱いでいう将来の実現が可能かどうかという観点から、十分理解できるものであります。

生活福祉常任委員会で出された結果は、残念ながら不採択とするでありましたが、請願としての性質や機能の上からも、請願書に書かれている文言などから考えられる施策は、決して町財源を多く費やす物理的なハード面のものばかりでなく、お金のかからないソフト面の施策がほとんどであり、ヒートアイランド現象が続き、暑い夏ばかりの昨今では、当然各自治体が取り組むべき環境施策であります。

私たち議員は、町民の代表として町民の願意を町側へ伝える役割であり、立ち位置は当然町民側に寄った立ち位置でなければならないものです。たとえ町民の願いが細い一本の絹糸であっても、あるいは細い糸が何本も集まり太いロープのようなものであっても、その願意が広く、そして多くの町民への対価となるならば、町へ対して訴えていかなければならない責務があるものだと深く認識しております。

今回の請願、「ごみの分別、ごみの循環型社会の構築」を毛呂山町に求める件は、今を生きる私たち大人が今の子供たちが大人になり、そして赤ちゃんが生まれ、その赤ちゃんが成長していく時代に、そして遥か未来に青い空、豊かな自然を残すことができる低炭素社会構築のためのほんのわずかな施策かもしれませんが、しなくてはいけない施策でもあるはずだと声を大にして訴えます。

ごみ問題は、自治体一人一人の町民総意で取り組むものであり、事業所などに責任を課すものではありません。決して実現が難しい請願書ではありません。環境豊かな将来の田園都市毛呂山町を築くため、進むも停滞するも、その判断は重要であり、停滞は日進月歩し進化するごみ環境の施策の中、反比例に加速が増すこととなり、他の自治体に大きく遅れを期すことも必須であります。(毛呂山町HP、会議録検索、平成22年9月21日、討論)

あの頃と立場は変わっているが、行政を預かるものとして議員であっても、首長であっても「一部の奉仕者ではなく、全体の奉仕者でなければならない」という基本的なものは変わっていない。

子ども達の環境整備は、子どもが生まれる前から始まっているもので、保健センターのあり方から始まり、子育て支援センター、保育園・幼稚園、各地域子ども会、スポーツ少年団活動、小学校・中学校と公が整えなくてはならないものばかりだが、加えて東日本大震災の発生から「安心・安全」への施策は、「想定外」は無く、全てを想定した行政運営をしなければならない時代でもある。

首都圏直下型地震の発生率が「4年以内に70%以上」という報道・・

「できるだけ早く安心・安全な子育て環境整備」は、「自治体として進めなくてはならない」喫緊の課題である。





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