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2013-08

「MICE」を学ぶ - 2013.08.31 Sat

昨日は、川越市の氷川会館において西部地区「埼玉新聞友の会」平成25年度総会・講演会が行われ、出席した。

総会は、例年の通り無事承認・可決され、その後に横浜市文化観光局の観光コンベンション振興部 担当部長 斉藤 満氏の講演を聞いた。

「横浜市の観光・MICE戦略」と題して話されたが、さすがに政令指定都市370万人口という、埼玉県(720万人)の半分の人口が「横浜」という人口なだけに、観光についても次元の高い話しを聞くこととなる。

特に、「MICE」について話されたが、調べると・・

「MICE」は、 発展とチャンスにあふれた身近なビジネス 法人のマーケティング活動の重要な柱

MICEとは、(M)Meeting、(I)Incentive、(C)Convention、(E)Exhibitionの4つのビジネス・セグメントの頭文字をとった造語である。

MICEという言葉は、最近日本でもよく聞かれるようになってきた。我が国では“コンベンション”が歴史的に幅広く使われて来たので、コンベンション業界を統括して表現する言葉などとの説明もある。しかし、4つの違ったセグメントは同等に大切であると解釈したほうが、今後のそれぞれのビジネスの発展には必要だ。
さらに、大型の国際会議団体という解釈もあるが、少人数の企業会議でもミーティング、料飲、宿泊が伴えば、立派なMICEのグループであると考えたほうが、将来MICEビジネスの健全な発展を考える上では正しいだろう。

と、ある。

そして、大きな施設を有する横浜市ならではのMICEが進められているわけだ。

それも、国際的に・・。

会議にしても、イベントにしても、たとえば結婚式にしてもだが・・

横浜市という魅力を売りにすれば、どのジャンルにおいても集客は見込め、それが国際的なものであれば尚更と経済効果に発展していくもので、そこに観光戦略があるのだと力説された。

多くのジャンルの話しを聞き、なるほど・・の連続だったが、横浜市までつながった埼玉県の私鉄「東武東上線沿線」としては、また横浜市のターゲットとされていることは確かで、勝ち馬ならではの内容だ。

先日、日本経済新聞に「池袋・川越・東松山・寄居」を結ぶ観光施策が記事となっていたが、これも埼玉県として神奈川県や横浜市などからの観光・入り込み客を期待しているもので、観光という現代の動態による「綱引き」を現しており、面白く読んだところだ。

では、我が町「毛呂山町」は如何か・・

東武東上線の坂戸駅からの枝線で、利便性では問題もあるが・・乗り換えが一つ増えたからといってマイナスに考えては何もできない。

要は、引き付ける力であり、それは人々のニーズをどう捉え、どのように実践し、そして発信するか。

それに尽きる話しではないか。

グリーンツーリズムの時代は、自然が求められている証。その財産たる自然がこの地域にはあふれており、年々とその動態は動線となって見えてきていることを実感する。

つまり、「5年前に点線だったものが線となり、その線がしだいに太くなってきている」と言ったほうが解りやすいのだろう。

この線を、更にさらに太くしていくことが私達の使命であり、仕事なんだと・・

自然だけではない。

MICEの考え方は、如何ようにも使えるものであり、「医療と福祉の町もろやま」の考え方の中でも充分にその力を発揮することができるだろう。

あるいは、関東圏というエリアの考え方だ。

鉄道がつながった。高速道では坂戸西ICが開通した。

これは、その沿線であればどこの市町村でも同じ境遇で、それは毛呂山町より条件のいい市・町はあるだろうが、問題はそこから先の各自治体としての「取り組み」であり、「姿勢」なんだと・・

将来の「差」というものは、そういうところから生まれてくるものであり、特に「何か」の動きがそのポイントとなることを見逃していけないし、その敏感さとひらめき、そして実践力なのだろう。


横浜市文化観光局の観光コンベンション振興部 担当部長 斉藤 満氏の講演は、その「何か」の一つとも思えるもので、特にMICEを考えていこうと思った。

そう、新しい時代の「MICE的発想」を鍛えることだ。


(書き込みが長くなったので、マルチの話しは明日以降に・・)




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お正月に、パリッポリッと - 2013.08.30 Fri

珍しく肩が痛い。

肩こりが無いタイプで、床屋さんなどで肩を揉んでいただくと・・確かに気持ちいいが「肩が凝らないタイプだから柔らかいでしょ」と話す。

ここ2日ほど、何故か左肩が痛くなり昨日は右肩もだ。

いつも体調に異変を感じると「何が原因か?」を考えて・・時には医者にも行くが、肩こりは医者に診てもらうほどでもないから始末が悪い。

パソコンが新しくなり、今まで使っていたものより相当グレードが上がったようだが、忙しい関係から自分で選んできたのではなく研修生にお金を渡して買ってきてもらい・・使い始めて1週間が過ぎようとしている。

問題は、新しいパソコンのキーボードだ。

今まで、一番右側にENTERとBACKSPACEがあるタイプだったが、今度のパソコンは右側から少し中側にENTERとBACKSPACEが位置し、全体のキーボードも打ちづらい。

「だいぶ安かったので、これにしました」と研修生が選んできたパソコンは、どこのメーカーかも解らない。

肩こりの原因は、もしかしたらパソコンかも・・と段々思うようになってきた。

また、今度のパソコンはヤバい。

自分の使い方が悪いのか・・10行以上と書き込んできて「ピッ」と音がしたと思ったら、今まで書き込んできた文章が消える。

「あーーなんだよっ、こいつは、使えねぇな」と・・

まだ、外が明るくならない時間帯に事務所で一人ぼやき・・そんな1週間となっている。

しかたないから、少し書き込んではアップしている状況で・・

やはり、肩こりは「こいつのせい」と・・今、確信した。



8月も下旬になった。今は大根の種蒔き適期だ。


大根   アブラナ科   これも中国大陸から渡来した代表的な野菜。

秋の播種期   8月中旬~9月中旬(普通畑)

花芽分化は、低温に連続して遭遇すると冬を感じ、長日と温度上昇で春を感じるタイプの「グリーンプラント・バーナリゼーション」である。(この時の低温とは7度C以下である)

大根は、それほど多くの肥料を要しない作物だが、連作するとホウ素欠乏と言って肌がサメ肌になるので、肥料に「ホウ素OO%」と明記している肥料を選ぶといいだろう。

秋野菜で、しだいに温度が下がってくる時期だから元肥を基本とし、肥料を撒く量は白菜の時に書き込んだように
男性の軍手の手で山盛りの量を畳1枚に撒く感じだ。

広く深く耕して置くが、この作業は種蒔きの1週間前に行うと良い。

つまり、明日あるいは明後日この作業をやり、翌週の9月7~8日の土日に種を蒔くとバッチリだ。

マルチフィルムは、極力使用すること。(マルチの効果は明日書き込む)

マルチは「9230でギンネズのチドリ」が適するが、8月中ならギンネズでなく「黒」でもいい。

1穴に平均4粒を蒔き、親指の腹で軽く押し、土をかける。(深さは1センチくらい)

大根栽培のポイントは、「キスジノミハムシ」という害虫をどのように駆除するかということだ。

(キスジノミハムシは、ノミのように小さな甲虫で、背中に黄色のスジがある。近づくとノミのように跳ねるのでそのような名前がついた)

この「キスジノミハムシ」は、大根が発芽すると成虫が飛んで来て卵を葉に産み付ける。

卵から幼虫が孵ると土中に潜り込み、大根の根に寄生し養分を吸いながら成長するが、それが大根の肌をポツポツと黒くしてしまい商品価値をなくしてしまう張本人だ。

防ぐ手段は、発芽から1週間おきに「キスジノミハムシ」に適用している農薬を散布するか、種蒔き時に「カルホス粒剤」という農薬を種と一緒に使用するといいだろう。

カルホス粒剤は、その農薬成分を大根が吸ってキスジノミハムシの幼虫が成長できなくなる「浸透性」のタイプの農薬、私はあまり好まないやり方・・

ただ、現在スーパーで販売されている大根の多くは、このやり方で栽培されていると言っていいだろう。

あとは、白菜でも書き込んだ「ハイマダラノメイガ」つまり「芯食い虫」の被害が予想されるので、エルサン乳剤の散布で防除する。(エルサン乳剤はキスジノミハムシにも効果有り)

農薬散布は、できるだけやりたくないもの・・ポイントは、害虫の発生前にしっかりとやることで農薬散布の回数を減らせるので、それをつかむのが減農薬栽培につながるコツだ。

9月上旬の播種→→1週間で発芽から双葉が展開→→エルサン乳剤1000倍液の散布→→10月上旬に間引きと2回目の農薬散布→→10月中旬に追肥と中耕→→害虫の状況を見て農薬散布→→11月中旬から収穫

つまり、農薬散布は通常2回から3回で充分となる。

要は、その害虫が何か?その害虫にはどの農薬が効くのか?それをどのように使うのか?を知ることが大事なポイントだろう。

発芽から3週間目から「間引き作業」を行い、マルチの1穴に1本の大根を残して、それ以外を抜き取る。

これが「間引き菜」として売れるので、あまり乱暴に扱わず丁寧に間引きを行うと良い。

間引きを行うポイントは、できるだけ雨の降った後で土が湿っている時であれば、残す大根の根を痛めずに間引きもやり易くなる。

今は、青首大根が主流だが、あまり早蒔きすると12月からの一番売れる時に太すぎる大根となるので、種を蒔く時期を2回~3回に分けた方がいいだろう。
(11月は、各市町村で農業祭や産業祭りがあり、そのような時に野菜が売られるために直売所などでは一時的に野菜が売れない月となる。そのため12月になって「野菜が動き始める」と考えたほうがよい)

ただ、たくあん用の白首大根は必ず9月の10日から20日には蒔き終わるように・・

それは、11月下旬から12月の上旬でないと「漬物大根」の需要期に合わなくなるためで、「売れる時に、ピタリと合わせる」のが、漬物大根を栽培するポイントとなる。

その時期に沢庵漬けしないと・・お正月に、食べられないんだよね。






今朝、町政報告を折り込む - 2013.08.29 Thu

先日、国連総長の発言について書き込んだが・・


「日本だけの指摘でない」=歴史認識、国連総長が釈明

外務省によると、潘基文国連事務総長は28日、オランダのハーグで松山政司外務副大臣と会談し、「正しい歴史認識が必要だ」などとした自身の発言について、「日本のみについて指摘したものではない」と釈明した。松山氏が発言の真意を確かめたのに対して答えたという。

菅義偉官房長官は潘事務総長の発言を受け、「わが国の立場を認識した上で(発言が)行われているのかどうか、非常に疑問を感じている」と不快感を表明。発言の真意を確認する考えを示していた。(時事通信)

これは、まだ釈明とはいえないものだが、あえて「釈明」としたメディアの裏側には何があるのか・・

まだ、終わらない国連総長の発言問題だ。


町長に就任して2年と3ヶ月が経過した。

2年を過ぎたら・・と、選挙の時、町民皆様に提示した「政策・公約」の途中段階での「報告を」と、思っていたため、町政報告の原稿を8月に入ってから書き始め、今朝の新聞に折り込みとした。

広告が多い日がいいのか、少ない日のほうがいいのか・・考え方しだいだが、多くの方々に折り込みに気づいていただき読んでいただけたら幸いである。

「折り込み」そのものについても、皆様に聞きながら今後の参考にしていきたい。

本当は、原稿も倍以上あったが、高齢者の方々が見やすいように「できるだけ大きな字で、写真もカラーで」の考えから、だいぶ削り込んでA3版に仕上げたが、実際はその倍以上の用紙が必要だ。

新聞でも雑誌でも、「決まられた欄で、どれだけのことが伝えられるか」ということが、記者としての才覚だろうが、長くブログや町政報告を書き、作ってきたが、それは本当に難しいものだと日々思い知らされている。

今は、朝の1時間のブログが日課となっており、取り上げる話しも色々で、できるだけ多くのジャンルをと考えているが・・

そのコンセプトは「切り口」であり、簡単に言えば「見る角度」と言ったほうがいいのだろうか。

そこを「鍛えたい」として始めて、もう7年目に入った。

ただ、これも私にとっては一つの情報伝達のアイテムでしかなく、もっともっと多くの手法を考え、発信していくつもりだ。

今回の「町政報告」は昔ながらの一番馴染みのある「紙ベースとしての情報伝達方法」である。

「伝えたい」その思いが、できるだけ多くの方々に届くように・・・と














 

「そっちの枝は、ヤバいって」 - 2013.08.28 Wed

今朝のはじまりは、これに尽きる。

瀬戸大也選手、埼玉県がスポーツ功労賞

世界水泳の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した瀬戸大也選手が、埼玉県知事からスポーツ功労賞を授与されました。

埼玉県の「彩の国スポーツ功労賞」を授与されたのは、世界水泳の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した埼玉県出身の瀬戸大也選手(19)です。上田知事が賞を贈呈すると、瀬戸選手はお返しにサイン色紙をプレゼントしました。

その後の挨拶で、瀬戸選手は「最高のパフォーマンスを出して金メダルを取ることができてうれしい。3年後のオリンピックでも金メダルを取るのが夢です。これからも応援よろしくお願いします」とコメントしました。
(TBSニュースより)

おめでとう 瀬戸大也選手。

今朝の埼玉新聞でも1面を飾ったが、19歳という若さで栄えある県の表彰を受賞することができ、本当にすばらしいことだと・・上田知事も話されたが「これからは、追われる身」精進して目標のオリンピック目指して頑張っていただきたい。

ネットでは、時のスター選手となり動画での受賞の様子が見られて、嬉しい限りだ。

そして、なんと瀬戸大也選手の追う・・つまり後輩になる毛呂山町立川角中学校の本庄智貴君が県中学校総体水泳競技の部「個人メドレー」の部で、見事に2冠を成し遂げた。

先日、表敬訪問で役場に来てくれたが・・「瀬戸選手の背中を見ながら頑張ってきた」と言い、内に秘める力を覗かせていたが、期待の選手がぞくぞくと毛呂山町から生まれている。

おめでとう 本庄智貴選手。


一方、瀬戸大也選手に、県民スポーツ功労賞を渡した上田知事の記事では・・

4選を思わせる発言が朝日新聞の埼玉版に掲載された。

知事、4選出馬に含み  「多選制限は自粛条例」

上田知事は、1期目の2004年に自身の任期を3期(12年)とする多選自粛条例を制定している。「法律上、多選を禁止できないので自粛条例にした。自粛なので(立候補)できないということではない」とし「1期、1期を丁寧に大切にするということで私自身には良かったが、(県内の)市町村長に妙な縛りを与えてしまったことは良くなかった」と率直に話した。

4選に向けて立候補する可能性について問われると、「私自身の意思と周辺の期待が引き続きあれば、考えることがあるかもしれないが、そういうことは考えない。残った任務を一生懸命やる。今の時点では考えていない」と述べるにとどめた。(記事要旨)

記事文中には・・

経済団体や県内首長の間では知事の手腕を評価する向きもある。今後4選を求めるムードが高まれば、議会(埼玉県議会)も無視できず、多選条例廃止に動く可能性も否定できない。

とあったが、県内首長の一人として、是非上田知事に4選目指して頑張っていただきたいと心から願うものだ。

今朝は、「王道を歩む」それぞれの方々の記事を嬉しく読んだ


昨日は、9月議会に向けて議員さんから通告を受けた「一般質問」答弁の打ち合わせが行われた。

議会では、町の条例などを決める議案審議の他に「一般質問」として、議員から執行部へ問うことができる時間が設けられている。

これは、通常は定例議会にだけ許されており、臨時会などでは特定の事件が生じたときだけに限られるもので、毛呂山町の定例議会とは、6月・9月・12月・3月だが、必要に応じてその途中に臨時議会が開催される。

毛呂山町では、議員一人に1時間という制限で1問1答方式の一般質問を行っており、これは4年ほど前だったか・・

それまでは、議員一人1時間30分の持ち時間だったが、複数の質問を1度に質問し、答弁する執行部の町長および課長が入れ替わりながら答弁するのでは傍聴者にもわかりづらい。

それを改め・・

時間を1時間に短縮し、一つの案件に対して一つ一つ質問をし、それに対して答弁をしていくほうが解りやすい。という議会改革が行われた。

今回の9月定例議会では、一般質問は10人の議員より通告が出されたが、その通告に対して町では質問の内容によって答える担当課に割り振り、それを受けて担当課では答弁を作ることとなる。

出来上がった答弁を町執行部では、昨日行われたように「答弁に対する打ち合わせ」として・・

質問要旨に対して明快な答弁となっているか?あるいは、言葉として的確か?どのような再質問が考えられるか?

などを協議し、議会への準備を進めている。


その答弁の打ち合わせの途中・・・、

よく考えれば、本当に大きな事と成りかねない倫理的な案件が話題となったが、心配となるような方向へ進まないことをただ祈るばかりだ。

これも、以前に書き込んだ「木の枝」と同じ・・

木の根元から上に上がり、どの枝を選んでいくかは、その本人であり、周りの人であり、環境であり・・で、それが運命だ。

だから、上へ上へと大きな枝を目指していける者、つまり「王道」もあれば、途中で脇の枝、また脇の枝へと反れてしまい、下に向かってしまう者もある。

それには、自分でどうすることもできない「見えない力」が作用することもあるのだろう。

聞くところによると、昨日の心配される案件は、その「見えない力」が、大変に強いようで、自分は別におせっかいを焼く方ではない人間だが、本当に心配している一人として、「早く、気づいていただければ・・」と・・

いろいろと考えたが、あえて書き込む事とした。

















政治の奥の深さ - 2013.08.27 Tue

出身国が関係する問題・・・「その職」に就く方の発言は大きい。

今朝のネット記事を一通り見て、一番に驚いた記事だ。


潘基文国連事務総長、異例の発言…安倍政権批判

韓国出身の 潘基文 ( パンギムン ) 国連事務総長は26日、ソウルの外交省で記者会見し、日本の憲法改正論議を巡り、「正しい歴史(認識)が、良き国家関係を維持する。日本の政治指導者には深い省察と、国際的な未来を見通す展望が必要だ」と述べた。

韓国政府の立場に同調した安倍政権批判と言え、国連事務総長の発言としては異例だ。

発言は、「日本の平和憲法修正の動きに関する国連の立場」について答えたもの。

潘事務総長はまた、日本が中韓と歴史や領土を巡り対立している現状に関し、「歴史について正しい認識を持つことが必要だ。そうしてこそ、他の国々から尊敬と信頼を受けるのではないか」と語った。

韓国メディアは一連の発言を、「日本の右傾化の兆しを遠回しに批判した」と大きく伝えている。
(OCNトップページより)



今後、この発言から、どのように世界が動いていくのか・・心配となる。


昨日、朝から夕方まで終日と「新飯能寄居線建設工事促進期成同盟会」による要望活動が行われた。

午前10時からは、埼玉県に対しての要望活動となり岩崎副知事に対応を戴く。

今年の4月、県土整備部長であられた岩崎氏が副知事に就任した時に伺い、副知事ご就任のお祝いと併せて川越・坂戸・毛呂山線の毛呂山工区について早期着手をお願いした。

「飯能寄居線がもう少しで完成する見通しで、県としては選択と集中で進めているが、なんとしても財政面で苦慮している」と話された。

その時に出ていたのが「5年」という期間だったが、昨日同席した県議、県の担当職員も「3年とは言えないが、それを超えたくらいでは・・」というように完成に向けた期間が狭まったきたようだ。

その後、場所を国会議事堂がある永田町に変え、地元選出の衆議院議員大塚代議士とともに国土交通省、財務省と回り、「新飯能寄居線」の早期完成をお願いした。

途中、時間があったので国会議事堂を見学することができたが、小学校の時の社会科見学の時に建物の大きさや大理石の建物に驚いたが・・作日は、議場で繰り広げられる人間模様の方が目に浮かぶようだった。

この新飯能寄居線が完成しなければ・・という考え方は当然だが、川越・坂戸・毛呂山線も同時期に進められ、鶴ヶ島の五味ヶ谷地区から坂戸の善能寺地区で止まっており、残りは毛呂山町工区だけとなっている。

特に、川越・坂戸・毛呂山線では開通を見た若葉地区、坂戸市内そして入西地区と地域が発展し、人口の流入も顕著に起きているのが現状。

「地域間の不公平」そうならないように、「都市計画道路を継続的にしっかりと進めていただきたい」それだけである。

国会議事堂の近く、真っ白なボルボの大型トレーラーに黒と赤とでデカデカとメッセージを書き込んだ車両が5台連なって通り抜けた。

政治団体の活動とのことだが・・さすが東京、スケールがデカい。また、一方では首相官邸前「原発反対」の歌を一人の女性が延々と拡声器で歌っていた。

要望活動や政治活動のやり方や大きさに、東京永田町を違う角度で見た一日となる。

「政治を変えたい」その思いから、手段はいろいろとあるが・・

田舎者の自分・・「まだまだ、井の中の蛙なんだ」と、考えさせられる。
















見えていても・・その歯痒さ - 2013.08.26 Mon

土日とあわただしく事業が続いた。

土曜日は、前に書き込んだ通り東日本大震災復興支援プロジェクト委員会による「復興支援応援ツァー」が実施され、70人を超える参加、バス2台で福島県いわき市に行く。

10時30分の予定より若干早く目的地に着く。

行程の最初は、水族館「アクアマリン」で2年前の状況を聞く時間を設け、語りべ役の職員から約40分ほど震災当時の様子から現在まで復興してきた苦労と多くの協力体制が知らされた。

その後、アクアマリン水族館を見て回ったが、何年ぶりかで来た水族館は大変に面白く勉強になるもので、いい観光施設を見ることとなる。

予定では、その後に恐竜館などを回る行程だが、商工会主催の「10周年サマーフェスティバル」が4時から開催されるために、私だけ別の車で12時30分福島県いわき市から毛呂山町へと帰町する。

土曜日という事もあり、混雑を予想していたが大変に順調で午後4時の5分前にはサマーフェスティバル会場に着くことができ、第1部の民謡・よさこいまつりから出席することができた。

いつも感心するのは、商工会女性部の踊り・・毎年と新しい踊りを覚えて披露する前向きな姿勢に大きな拍手を贈った。

また、民謡の部では私も踊れるものが多く参加したが、今まで踊れなかったものを覚えることができたことは新たな収穫だ。

日も暮れ、7時からの第2部花火大会と移ったが、いよいよサプライズの瀬戸大也選手の登場となる。

羽田空港に迎えに行く計画の後、次はどんな内容を・・・と考えていたが、マスコミへの会見や瀬戸選手のご家族との話しを通して「サマ・フェスや町レクとか、多くの町民の皆様が集まる時に瀬戸選手に時間がとってもらえれば・・」という願いが叶った。

予想通りというか、サプライズの計画は事前にマスコミにも知らせていたこともあり、会場の皆様も概ね判っていたようだが、やはり時のヒーロー瀬戸大也選手の登場では大いに盛り上がったところだ。

羽田空港への出迎え、そして今回の凱旋報告となり、次は・・

大会続きで大変な瀬戸選手の予定に合わせなければならないため、時間が少し開いてしまうが9月の下旬に計画することができそうだ。

今度は、町の広報などで皆様にお知らせができ、しっかりとした「祝う会」にしなければ・・だ。

商工会の花火大会は、世界一となった瀬戸大也選手の登場により、10周年にふさわしく大きく記念する花火大会となった。


昨日25日の日曜日は、坂戸西スマートインターチェンジの開通式典が行われ出席する。

毛呂山町だけでなく近隣の市・町において、待ちに待ったスマートICが開通した。

控え室で、国会議員の先生から「政権交代によって一時見直しがされそうになったが、なんとか国にふんばってもらった」という経緯を聞き・・

見直しによる「負の遺産」とならずに済んだことに感謝した。

式典からセレモニー会場に移動し、関係各位によるテープカットや玖珠球を開いて祝うことができた。

今朝の新聞には、坂戸西スマートICの記事が掲載されているが、これから開通する坂戸市入西(にっさい)と鳩山町赤沼を結ぶ道路が完成すると車の流れが大きく変わってくる。

昔、私が議員だった頃・・

もう5~6年前だから、平成の18年か19年だったか・・坂戸市・毛呂山町・越生町の市長と町長が連名で国土交通省に「坂戸市入西地区にETC対応のインターチェンジ設置」の要望書を出したのがその年の12月10日だった。

その要望活動を知り・・

「新しい坂戸のETC対応のICができ、坂戸と鳩山を結ぶ橋が架かることが近々に予想される。これにどう町は対応していくのか」と、質問をしたことがあったが・・町の答弁は期待できるものではなかったことを覚えている。

当時の景気低迷期では致し方がなかったとしても現実は着実に進んで来た。

それが政治であり、それが予想できて対応できない地域の現実がそこにある。

それに、各自治体の首長は頭を抱えるのだろう。


夕方、飯能市の前市長の沢辺氏のお疲れ様会に出席をした。

12年という長きに亘り飯能市を改革路線で進めてきた方で、今回の敗戦を予想する人は少ない。

その信頼が昨日の「お疲れ様会」の企画となったが、このように退いてから皆さんが会を催すのも聞いたことがなく、沢辺氏の人柄に尽きる話だろう。

私も町長となり、沢辺市長にいつも声をかけて戴き、親しくさせてもらったから寂しい限りの夜だったが・・

「これからも、ご指導をお願いします」と硬い握手をして飯能市から帰宅した。


今日は、県と国への要望活動で朝から出かける一日となる。



復興支援の応援ツァーが開催 - 2013.08.24 Sat

今日は、昨年度に企画し2回目となる東日本復興支援プロジェクト「東日本応援ツァー」の日で、早朝の6時過ぎに申し込まれた70名の方々と福島県いわき市に向う。

夕方には、商工会の主催によるサマーフェスティバルがあり、それまでに毛呂山町に戻るが、詳しい書き込みは後で行うこととし、福島県に行く準備をしよう。

極限の努力、イチロー - 2013.08.23 Fri

米大リーグ、ヤンキースのイチロー外野手が日米通算4000安打を達成した。

10年連続200安打やシーズン最多の262安打と、大リーグ記録を塗り替えてきたイチロー選手である。

過去に大リーグで、4000安打を成し遂げたのはピート・ローズとタイ・カッブだけであり、「日米通算」の記録とは同列に扱われにくいとはいえ、イチロー選手の大台到達には、大リーグ記録と同等の敬意が払われた。

今朝の朝日新聞のピート・ローズ氏のコメント・・

「私は、4千安打を認めない」とし、一方、大リーグ1年目から結果を出し続けていることに対しては・・

「日本と米国の野球の架け橋になった功績は偉大だ」とした。



昨日の続きだが、バイクや大きいオートバイの配送とは・・

大型トラックの荷台が2段となっており、50CCのスクーターなら、上の段に14台と下の段に14台で一度に28台、750CCクラス以上なら一段に6~7台といった台数だっただろうか・・

それをまず上の荷台を下げて置き、バイクを積み込み、同じ向き、同じ隙間を取り、とりあえずきれいに並べてから前輪側と後輪側をロープで固定していく。

上の段の固定が全て終わったら、リモコンのボタンで荷台を上に上げ、下の段を同じ要領で積み込み、それが終わったら上の荷台を支える6本の柱のある位置に上の段が収まるストッパーを出し、上の段を下げてストッパーに咬ませて固定して積載作業がおわる。

これが、どんなに頑張っても40分くらいはかかってしまう作業だった。

その当時は、携帯電話の時代ではなく懐かしいポケットベルの時代だから、配送の仕事がある日は必ず昼過ぎにその連絡が入り、日高市にある配送センターに電話をすると・・

「今日は、浦和と行田へ1便づつ」とか「浦和行ってから柏へ」とか、だいたい一晩に2箇所配送がほとんどで、忙しいときは「行田ー浦和ー浦和」とか、「浦和ー新宿ー柏」など、一晩3便配送のときは家に帰るのが朝方となった。

つまり、寝ずに野菜の収穫やら農作業となるので「地獄」のように睡眠が取れない日々が続いたわけで・・

「すいません、もう昼間の本職のほうが忙しいので、辞めたいのですが・・」と、2ヶ月ほどで営業所に言うと
、「いきなりだと、次の人がいないからもう少し待ってほしい、求人をかけて人が来たら仕事を覚えてもらうから、最低でも3週間なんとか頼む」で・・

そう言われれば内容が判っているだけに「じゃあ、できるだけ早くお願いします」と返事をした。

それが結局、「次の人がなかなか来ない」や「1週間で辞めてしまった」とか「今度の人は、1便がやっとでローテーションが組めないからもう少し」と、結局、私のポケベルに配送センターからの連絡が来なくなったのは、翌年の3月を過ぎてだったか・・

丸々と半年間、バイクやオートバイを大型トラックに積み込んで、ひたすら夜中の街道を、柏、葛飾、新宿、浦和に行田、そして青梅と運んだが・・

どれだけロープを絞め、どれだけ栄養ドリンクを飲み、どれだけ大きな声でB’zを歌い、どれだけコンビニでサンドイッチを買ったのだろうと・・

今となれば思い出だが、肉体的・精神的にあれだけ過酷な時期を経験したからこそ、それからは並大抵の過酷さは、私にとってはまったく問題ないものとなった。

「抗がん剤で髪の毛が抜ける」ガン患者さんには大変に失礼かもしれないが、「極限まで、体が疲れ切ると一機に髪の毛が抜ける」それを知った時期でもあり、いくら一生懸命と仕事をしても「カートリッジのように扱われる」そんなトラック運転手さんの苦労も判った。

日々、本当に大変な仕事をしている方々がたくさんいて、この日本が、あるいは地球が回っているが、やはり人の苦労はできるだけ早く知っておいたほうがいい。その言葉に尽きる。

それが判れば、いちいち自分の待遇や処遇で文句も言えなくなるものだろう。

「寝ずに働く」それが家族のため、地域のため、社会のため、といろいろあるだろうが・・

最後は必ず、そう、必ず・・、自分のためになるものなんだよ。




思い通りに、いかない話し - 2013.08.22 Thu

雨不足に喘いでいる。

朝は田んぼを見て周るが、耕地の下の方まで用水の水が回らず、水がほしい今の出穂の時期に稲の根元が乾き、ひどい田んぼは土の表面がひび割れ白くなってきた。

以前、「昔は7月中旬だったが・・」と、暑さのためにづれ込んで8月がニンジンの播種適期となってきた話し。

あの書き込みの頃、僅かに降っただけで、その後に雨らしい雨がないものだからニンジンの芽が出てこない。

最近の野菜の種は、結構な価格で・・特にプロが使う種は、その辺の店先に並べてある300円の種とは違い、その何倍もするものだから、種の蒔きなおしは何万円もの損害となる。

私の経験では、8月の下旬にはまとまった雨が降り出す頃で、ここで幾分かの期待をしているが、反面この時期はドカ降りもする時期だ。

それは、それで仕事にならなくなり、またお手上げとなる。

農業は自然には、かなわない職種だから、ただの肉体労働ではやっていけないもの・・


思い出すのは、30歳の時の8月だ。

毎日毎日と雨が降り、まったく仕事にならない年で、家で空ばかり見ていてもしょうがないからと新聞の折り込みに入っていた求人広告を見た。

そこに「フレックスタイム制で、アルバイトも可」というのを見つけた。

鶴ヶ島市にある運送の仕事で、大型免許優遇とある。

「アルバイトでもいいなら、本業もできるし・・ちょっと行ってみるか」と履歴書を作成し、面接に行くと・・

「明日でも明後日でもいいから、できるだけ早く来てください」だ。

内容は、バイクをトラックに積んで決められた場所に届けるというもの・・

車の運転が好きで、バイクが大好きで、おまけに話を聞けば「相手先に朝8時までにバイクが届いていれば、何時に仕事を始めて何時に上がろうと構わない」というフレックスだ。

家に戻り、「面白そうだから明日から行ってみるよ」と妻に話し、学生から直ぐに家業の農業を継いだ関係から他で働いたことがなかったので、ちょっとワクワクした。

ただ、「最初の何日かはバイクを届ける届け先を覚えるのと、バイクを積んでロープで固定する作業を覚えてほしい」ということで、できるだけ明るい4時あるいは5時に来てほしいと・・

そして、指導についてくれた方が定年を間近に控えたやさしい方で、手取り足取りでロープでのバイク固定と、配送場所の新宿、葛飾、柏、浦和、行田、青梅と、それぞれの道順だったりその置き場の鍵の隠し場所などを教えてくれた。

だいたい、1箇所に2回だったか・・指導で一緒に行ってくれた方から「井上さんは、まったく覚えがいいね」とお褒めいただき、そのあとはいよいよ「バイク配送デビュー」となった。

今思えば、それが間違いの始まり・・

この話し、長くなるので続きは明日にしようか。

今朝も、忙しく朝の作業を始める。

満足な1食が118円 - 2013.08.21 Wed

記事をコピーして置いたから、もう10日経ってしまったが・・

8月10日の新聞に、「個人消費に一服感」という記事を読んだ。

内閣府が8月9日に発表した7月の消費動向調査で、購買意欲を示す消費者態度指数(一般世帯、季節調整値)が前月より0.7ポイント低い43.6となり、2カ月連続で悪化した。年初から続いてきた個人消費の回復に一服感が出ており、内閣府は15日の関係閣僚会議に提出する8月の月例経済報告で、景気のけん引役である消費に関する判断を下方修正する方針を固めた。

月例報告は消費の判断を前月の「持ち直している」から「持ち直し傾向となっている」に微修正する。消費判断の下方修正は昨年11月以来9カ月ぶり。一方、景気の現状を総合的に示す基調判断は「着実に持ち直しており、自律的回復に向けた動きもみられる」とした前月から据え置く方針。個人消費にもたつきが見えるものの、大局的な景気の持ち直し局面は崩れていないとの判断だ。

消費者態度指数は暮らし向き、収入、雇用、耐久消費財の買いやすさの4項目が半年後に今より良くなるかどうかを集計する指標。雇用を除く3項目が2カ月連続で悪化した。

収入は所定内給与の低下が続いていることから0,6ポイント下がった。収入の低迷を受けて、耐久消費財の買いやすさも1.5ポイント悪化。暮らし向きは足元で輸入する燃料や食品価格のほか、光熱費が上がったことで0,8ポイント下がった。基本給が増えないなか、円安や資源価格の高騰による身近な商品の値上がりを反映した結果といえる。

1年後の物価見通しについては「上がる」という回答が86.2%(原数値)と、原油価格が高騰していた2008年9月以来、4年10カ月ぶりの高い水準になった。身近な商品の値上がりのほか、日銀の大胆な金融緩和の効果もありそうだ。


「持ち直している」から「持ち直し傾向となっている」に微修正・・とか、「デフレを脱却しつつある」とか、ものは言いようだ。

最新の大手スーパーを視察することができた。

綺麗で広々とした店内は、買い手の心理をうまく掴み、研究していることが窺える。

レイアウト、陳列棚、価格、商品の量、鮮度、そしてできるだけロスを出さない早目の値引きと・・

感心するばかりだ。(歓心という字でもいいくらい)

最近では、大きな炊飯器と、その隣に一回り小さい保温用の鍋が置いてあり、まるでビジネスホテルの朝のバイキングを思わせる光景、そして上のポップに・・

「器にお好みの量のご飯とカレーで198円」とある。

つまり、山盛りのご飯を一つのトレーで198円、トレーいっぱいのカレーだけでも198円、それも可能で・・二人暮らしなら396円で夕飯が済んでしまう。

その後ろの陳列棚を見れば、「ゆでうどん」がメーカーごとに置かれており、一番下には学校給食でよく出されるタイプの「ゆでうどん」に自然に目が行く・・なんと19円だ。

自然に目が行く→→安い→→驚く→→思いつく→→自分だけのヒラメキと自慢→→やり繰り上手と褒められたい→→買い物カゴに入れる

という深層心理をくすぐった陳列に、人間が騙される?

つまりトレーいっぱいのカレーを一つと、愛する貴方のうどんと、私もうどん、おまけに会話もはずんで・・

198+19+19=思わず電卓を叩いたが・・

合計236円で、二人の楽しい夕飯のひと時が過ごせる時代が来たのだ。


今もたまに行くが、研修生がいる夕方は「MRに行くぞ」と言って出かける。

マーケティングリサーチの意味だが、「どのような商品がどのような価格で売られているか」を見て回るのだが、今回のMRは、驚きを上回るもの・・・

以前に、ずっと19円で売られているモヤシを見て「そんなにモヤシ業者をいじめるなよ」とつぶやいたが、モヤシより原材料も手間もかかるゆでうどんが19円とは・・だ。

その大手スーパーを見に行く前・・

「近くに牛丼屋ができて、うちの女房、忙しいときは280円の牛丼弁当買って来るから、それはそれで安くあがるし、女房の料理より旨いからいい」などと話した者がいたが・・

それでも牛丼1食280円で、スーパーのカレーうどん1食118円だから・・

完全にカレーうどんの勝ちだろう。

最近の若年層夫婦は、朝寝坊で朝食を摂らず出社し、途中でジュース類で済ませる。そしてランチでも安い価格のものを研究しているから、ましてや牛丼なら280円だ。そして帰りにスーパーでそんな激安カレー商品を選んだら・・

また電卓を叩いたが、「一人一日493円で食費が賄える」ということだ。

一食ではない。一日だ。二人だけの夫婦で1,000円で・・

1ヶ月夫婦で30,000円となり、割れば・・一人15,000円で1ヶ月の食費となる。

たぶん、私が今回のMRで知り得た試算より、更に「究極の激安食費」を実行している方々もいるのだろうが、そういう時代が来て、料理をしなくなり、まな板と包丁がない家庭の台所となったのだろう。

以前「10,000円で1ヶ月」という番組を比較的売れない芸能人が挑戦し、笑いを取っていたが・・

テレビ局の企画で、自分で何か野菜を作ったとか、八百屋さんから捨てるものをもらったとか、今はそんな「生きるための駆使」をしなくても、大手スーパーの利用で悠々と10,000円で1ヶ月は生活できる時代が到来した。


消費動向調査で、購買意欲を示す消費者態度指数(一般世帯、季節調整値)が前月より0,7ポイント低い・・

は、そういうことも関係しての結果だ。

私にとって、何店舗ものスーパーを回るMRは、やはり欠かせない情報収集のひと時だが・・

最近は、それ以上に・・驚きのひと時となっている。






「あて舵」ってやつね - 2013.08.20 Tue

一週間ほど前、日本経済新聞の記事だが・・

JA、TPPにらみ先手 交渉反対の裏で業務拡大加速

JAグループが民間企業との業務提携策を次々打ち出している。環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る政府の交渉を表向きけん制するかたわらで、農業の先行きに危機感を強めて対応策を急ごうとする別の姿が浮かび上がる。

「交渉参加に至ったのは極めて遺憾だ」。全国農業協同組合中央会(JA全中)は8日、東京都内で臨時総会を開き「TPP交渉に関する特別決議」を採択した。決議では「我々の主張実現のために組織の総力を挙げて運動していく」とし、政府の動きを今後も監視する構えを見せた。

ここまでの記事なら、今までのJAのTPPに対する対応だから問題はないが、この後の記事は・・


だが、水面下では別の動きも進む。

「関税を下げても影響の小さい品目はどれか」

日本の聖域の農産品5分野を全て守ると、自由化率は93%台にしかならない。JAはひそかに品目を見極めはじめたというのだ。

呼応しているかのように動いているのがJAグループの業務拡大だ。

(中略)

金融では攻めも狙う。

5月には全国共済農業協同組合連合会が東京海上日動火災保険と提携協議を始めた。

天候リスクを補償する保険商品作りを検討するが、国内だけでなくアジアの農家への売り込みも視野に入れるようだ。

JA側は「TPPと最近の動きは直接関係ない」と口を揃えるが、農林水産省幹部は「これほど積極的な取り組みは近年ない」と驚く。

TPP交渉をにらみ、取り得る手はすべて打つ・・そんな焦りとしたたかさが透けて見える。


という記事だ。

最後の1行は、記者の私感も強いが、読んでいて「まあ、そうだろうな~」という感想を抱いた。


昔、まだ学生だった頃「村落共同体」を学んだが、いわゆるマルクス・レーニン主義の共産的な思想で、その考え方の上に立って農協の運営がされなければならない・・・と。

「農協は、利ざや追求をしてはならず、農家のためにその利益を還元する組織」とも学んだ。

が、実際に農業を営み、農協と付き合うと「ずいぶんと利ざや目的なんだな」と思うことが多く、ある意味信頼も持てなくなるもので・・

学生だった頃に「あのような講義を受けない方がよかった」と思うほどだ。

特に、農産物が産地化されていない地域は、農産物を生産・販売する経済対策より、保険(共済)事業としての金融対策の方に力を入れているものだから、尚更、そういう思いとなってしまうのだろう。

農家は、農産物を売って生活をし、その売り上げの一部から預貯金をしたり共済をかけるが、兼業農家となって農産物の売り上げがなくなっても、昔からの農協との付き合いから金融関係のつながりを保っている。

本当なら「農協さん、なにやってんだよ。食っていける経済的な対策を講じて地元の農家を盛り上げてくれよ」と言うのが、農家として当たり前のことなのだが・・

農家の方も「もう農協に頼っても無駄かな」と、自らの農業を確立すべく農協から離れる農家も多いのが実状だ。

結局、離れる農家の方が大きく大規模化した経営となっているわけで、それも結果である。

「持ちつ持たれつ・・」の、農協と農家ではなくなり、それぞれが「いいとこ取り的な付き合い」となっていると言っても過言ではない。

記者の「したたかさ」という表現は、聞こえは悪いが・・農協とだけの付き合いでは生活ができなくなる農家はいくらでもあり、昔の考え方は既に30年も前から崩壊しているのだろう。

全国一のチェーン店と言えるJAだから、その巨大な組織を動かしていく上では、いくらでも「したたかさ」以上のことを考えていかなくてはならないもの・・

別に、JAを擁護するわけではないが・・いつの時でもピンチを被ってきた農業界を生きる立場、それは私もまったく同じだから、「JAの動きが痛いほど理解できる」と言ったほうがいいのだろう。

「そのくらいじゃなきゃ・・生きていけないんだよ」が、実態だ。

ピンチが来た時に、「しがみつく」のか、それとも切り替えて「別の方法を探す」のか、そのタイミングをどう判断するかが今後の生きる道であり、そこに最終的な結果が待っているものだろう。


私は、けん引の免許を持っているが、そのけん引車をバックさせる時の技術のようなもので・・

車体が、曲がり始める先にハンドルを切り始めなければ、大きく曲がってしまう。


農業って同じ・・

舵を切り返すのが早くなければ、やっていけないんだよ。



誰が切った豆腐がうまい? - 2013.08.18 Sun

たまに、家にいるときの夕飯は缶ビール1本からはじまる。

やっこ・・ある?

豆腐があれば冷奴がつまみだが、私的にはビールのつまみのNO1が冷奴だから、嬉しい一品。

そして冷奴を食べて出る言葉が・・・

「うまい、お前 料理が上手だよな~ この切り方なんて誰にも真似できないよ。さすが」

返ってくる言葉は・・・・・・だ。

冷奴がつまみのときは、必ず同じことを言ってるから・・このやりとりを何百回とやってきたのだろう。

何回と同じ漫才のようなやりとりをしてても飽きないのだから面白いもので、たまにショウガの漬物だったり、野沢菜漬けだったり、明太子だったりと、手をかけない一品の時は使えるので・・そして二人で笑っている。

そう、「笑えない人は、ダメなんだよ」

2年前に、「農業がやりたい」と来た青年から連絡が途絶えて1年になる。

まったく笑わない30歳の独身男性だったが、面接をして・・

「農業は本当に大変な職業なんだよ。やるのはあなたの考えだけど、無理だと感じたらできるだけ早く考え直したほうがいいよ」と、むしろ農業を選択肢から諦めさせるアドバイスをしたが・・その通りとなった。

土との格闘は半年だったか・・今はどこで何をやっているのだろう。

考えれば「酷な言葉」だが、それは冗談で済む話しではなく、彼の人生をどうするかの大事な話しだから、「あなたなら農業で食っていけるよ」など、そう簡単に言えるわけもない。


今夜は、妻が旧騎西町の友達とのお茶会で留守、自分で豆腐を切ったからいつもの「漫才」ができないどころか、豆腐の味がイマイチでガッカリの夜となる。

今は夜の9時過ぎだが、ここでの書き込みは、明日の早朝の草刈りを充実させるためで、苦しまぎれのネタが豆腐となった。

明日、こんな話しで申し訳ないが、天野さんに笑っていただければ幸いである。

今夜は・・

料理上手の妻をもらった自慢話しとする。









今は、白菜の蒔き時 - 2013.08.18 Sun

今は、白菜の種まき適期なので白菜栽培のポイントを書き込む。

白菜 アブラナ科

白菜は、中国大陸から渡来した代表的な野菜。

広々とした大陸で、中国の農家の男性があの帽子をかぶり白菜畑に立ち、朝もやの中に吐く息が真っ白く漂う・・そんな光景が想像できれば、白菜が好む環境を理解してもらえるだろうか。

アブラナ科では他に、大根、かぶ、キャベツ、ブロッコリー、からし菜、小松菜、京菜、水菜、チンゲンサイ、ターサイ等があり、大根とキャベツ、ブロッコリー以外は、春に黄色の菜の花が咲く。
(大根、キャベツ、ブロッコリーなどはアブラナ科だが、花は、白もしくは白に青色がかった花を咲かせる)

・花芽分化は、低温と短日で冬を感じて花芽を分化し、その後訪れる長日と気温の上昇で春を感じて花芽を抽苔(ちゅうたい)させ、菜の花が咲く。

このときの低温とは、だいたい7度Cでありアブラナ科を栽培する上で覚えておいてほしい温度だ。

・早生種(わせしゅ)中生種(なかてしゅ)晩生種(ばんせいしゅ、おくて)があり、早生種で60日タイプ、中生種で70~80日タイプ、晩生種で90日~で結球(けっきゅう)となる。
(最近は芯が黄色の黄芯系のものがほとんどとなった)

・蒔き時は、8月中旬~9月の上旬だが、9月の10日を過ぎたら結球まで間に合わないと思ったほうがよい。
(但し、9月の10日を過ぎても早生種を蒔くなら結球までに間に合う)

・直接畑に種を蒔く直蒔き(じかまき)と苗を作り植え込む栽培方法があるが、できれば苗を作って定植する方が無駄もなく、失敗も少ない。

・苗作りは練り床(ねりどこ)を覚えると大きな白菜を作ることができる。

練り床の苗は、定植時に白菜の根を切ることが(リスク)少ないから根着きが早く初期成長を助けるからだ。

練り床の作り方

1、腐葉土2に対して赤土1の割合で床土を作り、良く水を加えながら練る。
(水加減が重要でゲル状態となるように少しづつ水を加えながら練るが、コンクリートを作る要領だと思えばよい)

2、床土がゲル状態となったら、連結ポットを並べて練った土を流し込み、手で平にならしていく。
この時の連結ポットとは6×6の36マスのものが白菜には適している。

3、ながし込んで直ぐは水が浮いてくるが、その水がなくなるまで一休みして・・・
連結ポットのマスごとに指で押して凹んだままの状態になるまで待ち、指先の第一関節分程度の穴を凹ます。

4、凹ました穴に、一粒づつ白菜の種を撒き、練り床の水分がなくなっているようだったら乾いた土で覆土(ふくど)をかけて、その上からジョウロで水をかける。


5、連結ポットを並べ、トンネル支柱をして白色の寒冷遮をかけて種まきは終わり。
・水くれは、必ず朝にたっぷりと行う。

・約3日で発芽し双葉が展開するが、この時期は必ずハイマダラノメイガという蛾が飛んで来て卵を産み付け、直ぐに卵から孵って幼虫となり本葉2枚~3枚の時に白菜の芯を食べはじめる。

これが芯食い虫で、アブラナ科の大敵。

双葉が展開して本葉の1枚目が展開する頃にエルサン乳剤かアファーム乳剤の1,000倍液(展着剤も一緒に数滴入れる)を散布・防除しながら約2~3週間の育苗で定植できる苗に育て、その間に本圃(ほんぽとは畑)の準備を進める。

6、本圃では、定植の2週間前から石灰や化成肥料を全面に撒き、深く広く耕しておく。
この時の肥料とは、化成肥料で8-8-8といった窒素ーリン酸ーカリの割合のものが無難だ。撒く量は男の人の軍手の手で肥料を山盛りにすくい、畳1枚分に撒く感じで撒けばいいだろう。

7、本場が4枚から6枚となるころ、定植となる。
定植する前、苗がまとまっている状態の時に必ず芯食い虫の農薬散布をし、その後に定植をすることがポイント。

定植する時は、必ずマルチフィルムを地面に張る。(ギンネズか透明)
(45センチの2条でチドリ植えが基本的、そのような穴のマルチを用意する。型番はギンネズ9245チドリ)

マルチの型番の9は90センチを意味し、2は2条を意味し、45は45センチを意味する。

定植が終わったら、コオロギによる食害を防ぐためにデナポン5%ベイトを畑の周りに軽く撒いておけばコオロギとナメクジ、夜盗虫(ヨトウ虫)を回避することができる。

定植が終わり、苗が根つくまでは朝にたっぷりの水をやる。(活着まで約2回程度)

成長が進む過程でも、芯食い虫、ヨトウ虫、などの害が続く。また病気ではナンプ病、ベト病などが発生するので、小まめに苗を見て回り適期に農薬散布を行う。

栽培行程としては・・・・

8月下旬播種→→9月中・下旬定植→→10月中旬追肥・中耕→→11月下旬に収穫となり、その間おおよそ2~3回の農薬散布となる。

早生種は早いだけで、形が丸く小さいために収益性は劣るから、できるだけ少ない量で栽培し、大きく胴張りの良い中生種や晩生種をメインに栽培する事が収益につながる。

夜盗虫(ヨトウ虫)は、早めに叩くのがポイント。

蚕と同じように1ミン2ミンと脱皮をして大きくなるので、必ず1ミンか2ミンの早い時期にトレボン乳剤などでしっかりと退治しておくことが大事。
4ミンになってしまう後半の収穫時期なので、農薬散布できる薬も少なくなり、大きくなった夜盗虫には効かなくなってしまう。

白菜だけでなく秋野菜は、温度が下がっていく時期なので元肥主体で、尚且つ追肥はできるだけ早い時期に施すことが基本的となる。


花芽分化を決定づける7度Cの話の続きは、またいずれ書き込むこととしよう。

暑い時期の種蒔き作業なので、十分と水分を取りながら、お体のご自愛をお願いとする。

「ゆめすぎと」は、一押しの「道の駅」 - 2013.08.17 Sat

昨日は、越生町・毛呂山町で検討している「道の駅」を進めるために杉戸町にある「アグりパークゆめすぎと」の視察に出かける。

越生町から町長をはじめとして8名、毛呂山町から私以下5名、そして川越・比企地域振興センターから3名という参加で、大変に参考になる視察研修となった。

杉戸町は、埼玉県でも首都圏に近く埼玉県町村会の中でも一番人口が多い町である。

田園風景の中にある「アグリパークゆめすぎと」は、10ヘクタールの面積に道の駅となる建物と、その南側には大きな広場、水遊びができるジャブジャブ噴水、バーベキュー会場、通称ふわふわと呼んでいる風船型の小山、大型滑り台と子ども達が安心して遊べる場所が用意されている。

広場の角には、常設のステージがあり、その大きな広場の更に南側には農業体験ゾーンが設けられ、春夏秋冬の一年を通して賑わっている説明と全国の「道の駅」で人気ランキング第6位に入ってことがそれを立証するものだ。

土日は、フリーマーケットが行われ、その場所代を得ることで年間には大きな収入源となっているようで、指定管理者制度の導入から民間の考え方が加わり昨年度は黒字との事。

また、野菜の直売所や商工会が加わっての組織面でも順調に運営が行われていることに感心した。

そう、「道の駅」の問題点は運営面だ。

いくら補助金などを得て立派な建物を作っても、年間を通して来てくれるお客様がいなかったら成り立たないもので、そんな「道の駅」は全国でいくらでもある。

市や町が運営し、黒字の計画が赤字となり、人件費分を補填し、第三セクターが指定管理者となり、そして人々が離れていくような「道の駅」では「作らなければよかった」という顛末だ。

杉戸町の「ゆめすぎと」のすばらしいところは、遊ぶところがいっぱいあり、珍しい体験型の道の駅となっている。

老若男女がある程度の時間、その空間を利用できる滞在型とも言えるだろう。

だから、リピーターが増えており、その結果が黒字となる経営だ。

越生・毛呂山なら杉戸町と比べて山々の自然があるわけで、杉戸町のコンセプトにこの自然を盛り込んだ遊び場があったら・・人気の「道の駅」となることは間違いない。

いい施設を見せて戴き、色々な発想と今までの「道の駅」の考え方を変えることができた視察となったが、企画をしていただけた振興センターの所長をはじめとして職員皆様に感謝を申し上げたい。

その後の意見交換会も充実した内容で、さらに越生町と毛呂山町が仲良く発展できることを確信する。

いずれ、広域化に向けた勉強会ができれば・・

そんな話しもチラホラと・・、笑顔がいっぱいで昨日の有意義な視察研修が終了した。



タカ派だった父を思う - 2013.08.15 Thu

戦没者の追悼式典に6,000名の参加のニュース。

12時ちょうどに黙祷を捧げたが、靖国神社には超党派の議員の皆さんが参拝した。

今日(15日)の日本経済新聞の社説には、敗戦を告げる当時の天皇陛下の言葉に涙が止まらなかった思いが書かれていたが・・今は、その言葉を知らない日本人がほとんどとなってきた。

私は子どもの頃、長男の兄に続いて兵隊に志願した父とよく口喧嘩をしたもので、その原因がタカ派の父の言葉から始まるものだったことを覚えている。

今となると、それがそんなに間違っている話しではなく、特に現在の尖閣諸島の問題であったり、竹島の問題などを聞けば「日本人が日本の固有の領土を護らなくてどうするんだ」と、怒りに近いを思いを感じる。

今、父が生きていて政治の話しや領土問題などを語り合えば意気投合もするのだろう。

父が他界して、もう19年も経ってしまった。

「孝行したい時に親はなく」 という言葉があるが、本当にその通りで・・・

昔から、私と同じような気持ちになった方々が山のようにいたのだろう。

私も、家業の農業を継ぎ、改革的な事ばかりを唱え、そして実行するものだから父と喧嘩ばかりで、ろくに口も聞かなかったから・・尚更、今は残念で仕方がない。

ただ、一生懸命とまっすぐに考えられるところは父親譲りで、今も仏壇の前であなたの息子で良かったと礼を言って線香をあげてるから、あの時の非礼は許してもらいたいものだ。

そんな父がよく話した、「あの時、天皇陛下の言葉を聞いたのは、千葉県の戦車部隊にいるときで何がなんだか判らず仲間とただただ泣くばかりだった」と...

長男の戦死から「順番」という次男の宿命で家を継ぎ、一生懸命に家を守り、これから楽しむはずの71歳での他界は、男の平均寿命が80歳となった現代からすれば早かったに尽きる。

忙しくて、本当にたまに掃除にいくお墓は、周りの植え込みが伸び放題となってきた。


葛貫地区に住む小久保氏から、今年の正月に「自分で書いた本ができあがったから」と、本を頂いた。

その始まりが、お墓の掃除に行って一休みしている時に死んだはずの父親に再会するところからだった。

面白くて、とっくに読み終わっていたのに、感想とお礼の手紙を書けずにいる不精に「早くお礼をしなければ」と・・


終戦の日、特に・・先代を思う気持ちが痛いほど解ります。

皆野町の盆踊り - 2013.08.15 Thu

14日の昨日は、皆野町の「第45回秩父音頭まつり」に招かれており、夕方の6時から出席をした。

近隣首長も多く顔を揃え、役場2階のベランダ的なスペースに用意された来賓席は踊り会場を見下ろせる場所で秩父音頭を踊る「連」と、賑やかな祭りが堪能することができた。

皆野町議会議員の皆さんが接待役を受け持ち、私達近隣の首長や議会関係の来賓に対して親切に接客をしていただいたが、出るのは瀬戸大也選手の話しがほとんど・・・

日本人として、嬉しい金メダルの話題は尽きることなく、話しに花が咲いた。

地元の国会議員の先生が、隣に座って頂けた関係から国会での話題となり、踊りもさることながら与党と野党の駆け引きだったり、道州制の話となった。

道州制については、国会議員の先生から首長としての見解を訪ねられたもので、先送りした国として問題の案件。

国会議員の先生も聞く態度が変わる。

私は、「膨らんだ国の借金を消費税だけで還せるわけもないのだから、国の考えとして進めなくてはならないものだ」と進言をした。

この件、更に書き込むようだろう。

祭りは、夜の9時すぎまで延々と続く話しだったが、何人かの首長と共に祭り会場を後にする。

帰り際、杉戸町の町長と道の駅の視察の話しとなり....

16日に予定されている視察が楽しみとなる。


今日は、8月15日は終戦の日である。

我が家も、父の兄、つまり井上家の長男が戦地へ行き、ビルマのインパール作戦で戦士した遺族にあたる。

今日の正午、英霊に黙禱を捧げる。

おかえりなさい瀬戸選手 - 2013.08.14 Wed

「帰国する瀬戸選手をできるだけ多くの人で迎えたいものだけど、帰国の時の空港っていうのはどうかね?」

相談をした秘書課長は、ほんの少し考え「大丈夫でしょう。いいですね」の返事。

直ぐに日程調整と段取りに入ったのが8日だったか・・それが、昨日の羽田空港での「瀬戸大也選手、おめでとう。おかえりなさい」の企画だ。

その後、瀬戸大也選手が住む平山地区も迎えに行くこととなり、今朝の新聞各紙が報じるように賑やかに瀬戸選手を迎えることができた。


昨日は、朝4時に毛呂山町を出て、早朝だったことと、「盆の入り」ということもあってか渋滞もなく5時15分くらいには羽田空港に着く。

途中、「成田でなくて羽田で良かった」話しと民主党政権で「羽田空港をハブ化」の施策を思い出し、あれはあれで「埼玉県民からすれば助かる」という話しをしながら・・

到着した羽田空港の国際線乗り場は、大規模な工事が続いており、完成するとどのような姿になるのか・・私では想像もできない。

先に着いていた平山地区の皆さんと挨拶を交わし、その後、集まりだした報道陣の方々と暗黙の状態での場所取りが行われ、その中の記者と瀬戸大也選手が現れた後の進め方が検討された。

次から次と姿を現す帰国者から、瀬戸大也選手を待つ時間はとても長く感じられたが、現れた時の感激と感動は大変なもので、後は歓声と段取り通りいかないストーリーとなったが、肝心の「花束」と世界に一つしかない「オリジナル金メダルもろ丸くん」の贈呈は、テレビから流れた映像のように上手くいってホっとしている。

その後の、瀬戸大也選手への取材の長さは、さすがに金メダルを取ったスポーツ界のヒーローを目の当たりするもので、持っていったデジカメで動画とすることができたが、最後に私への質問責めは想定外・・あわてて会見場を後とした。

今朝の新聞といい、昨日のテレビ局各社の報道と「瀬戸大也選手おめでとう。おかえりなさい」企画が取り合えず終了したが、今後の対応をまた考えていこう。

瀬戸大也選手、まずは、ゆっくりと体を休めていただき、これからのインカレに集中していただきたい。

そういえば8月8日は、「友引き」で・・まだまだ、いいことが続きそうな予感。


お盆の関係なども加わり、ブログが二日ほどお休みとなった。

朝の時間、少し田畑の草退治にウエイトを移すようか・・



涙・・浦学敗れる - 2013.08.11 Sun

「浦学が大変なことになってます」

家に戻る車で、運転手から10-10の同点を聞き、車を降り、急いでテレビのスイッチを入れた。

昨夜は、長瀬地区の盆踊りに招かれ、大変ご馳走になり多くの人と話しをして気を良くした後のことだ。

テレビでは9回表からの様子だったが、その裏、守りきって延長に・・の願いは無念にも、仙台育英のサヨナラのランナーが滑り込んだ。

後は、涙の浦学選手を映すテレビに、多くの人が泣けた夜となったのだろう。

今朝の埼玉新聞の裏面には、涙の小島をねぎらう森監督のカラーでの写真が大きく掲載され、また涙を誘った。

高校野球は、本当に泣けるドラマだ。

埼玉大会では、毛呂山町の埼玉平成高校が勝ち上がって浦学とあたり、その強さを見せつけられた。

春の大会で優勝しただけに期待が大きかったが、この1回戦での敗退は予想をしなかった展開となり、全国大会のレベルの高さと、後は「運」としか言いようがない。

2年生の小島投手、また来年頑張ってほしいものだ。

応援するから・・


昨日の暑さは、いよいよ緊急事態で40度を越すまでとなった。

「サウナ状態」と新聞にあったが、どちら様もご自愛いただき熱中症などならないように、日中の暑いときはできるだけ涼しいところで体を休めてほしい。

仕事に行く前の草刈りが日課で、休みの日などは10時過ぎまでできたものだが、この暑さではそこまで頑張るのを止めて早々と家に戻るようだ。

しかし、草は強い。

雑草のような精神はほしいものだが・・雑草との知恵くらべ、力くらべといったこの夏の時期、暑さが雑草に味方している。

お盆前の日曜日・・・

雑草との試合をはじめる前に、蓮の皆さんに会って来よう。

質感の高い新保育園、「絶賛」 - 2013.08.10 Sat

【アイントホーフェン(オランダ)】短水路(25メートルプール)で争う競泳のワールドカップ(W杯)第1戦最終日は8日に行われ、男子200メートル個人メドレーで瀬戸大也(JSS毛呂山)は1分53秒76の4位だった。
 男子100メートル平泳ぎでは、北島康介(日本コカ・コーラ)が57秒83で3位。同200メートル背泳ぎの入江陵介(イトマン東進)は4位、同100メートルバタフライの松田丈志(コスモス薬品)は7位だった。
 女子100メートル背泳ぎは寺川綾(ミズノ)が56秒34で制し、同200メートル平泳ぎの金藤理絵(Jaked)は2位だった。(ネットより)

瀬戸大也選手も疲れがたまっているようで、自己記録を下回る結果で4位となったが、「連戦で鍛えていきたい」との記事に、上を目指すアスリートの意気込みを感じる。


昨日、近隣自治体の鶴ヶ島市、越生町、鳩山町の市長・町長が集まり、毛呂山町の新しい「ゆずの里保育園」の視察会が行われた。

私が企画したものだが、芝が綺麗に園庭に生い茂り、親御さんの迎えを待つ子ども達がその芝生の上で遊び回る時間帯・・、その和やかな様子が一段と新しい保育園の雰囲気を高めるものとなった。

その広さと独特なデザイン、6本の大きな柱と木をふんだんに使った建物は、初めて訪れる方々を驚かしている。

既に、所沢市、坂戸市、三芳町、ときがわ町等など多くの自治体の関係職員が視察に訪れ、「凄い」の言葉を戴いているが、昨日も「いいものを見せて戴けた。これは敵わない」と絶賛の声。

特に、ここのところで「子育て支援センター」も大人気で、小さな子ども達を連れたお母さん方が増えており7月は800人もの親子が利用した報告を受ける。

昨年の3月、町立2園の保育園を閉園し、新しい保育園を建設する説明会の後は保護者の皆様に大変な不安を巻き起こし、その後の反対運動で町としての対処も大変となったが・・

今年度4月に開園し、子育て環境整備として想像以上の成果が出ている模様だ。

このいい効果が子ども達の成長に情操的な効果を与えなければならないもので、その成果を見るにはもう少し時間をみなければならないだろう。

「ゆずの里保育園」の視察の後に、1市3町の意見交換会を行ったが・・

しっかりと、この地域の結束を誓い合うことができた。






人生は365歩のマーチ - 2013.08.09 Fri

あいかわらず、瀬戸選手のご家族は忙しそうで・・、まだ連日の取材が続いている。

昨日、そんな瀬戸大也選手のお母さんと二日ぶりに話しができた。

「もう、大変でした。あの時はあまり寝ていなくて、本当に失礼いたしました」と、今は普通に寝られるようになったとのこと・・

私は、瀬戸家のお隣に後輩がいるものだから、5日の朝一に「瀬戸選手の家の様子はどう?」と電話で聞いたところ、「私と朝方3時まで、メールでやり取りしていたから、まだ寝ているかも・・さっきはまだ雨戸が閉まっていたから、もう少し後のほうがいいですよ」と聞き、時間をみてその日(5日)は、10時頃に伺いお祝いの挨拶をした。

あの時から、三日目でお会いしたが、連日の取材に息子の瀬戸選手から・・

「そんなに、テレビに出なくていいから・・そう言われました」と。

昨日も、テレビ局の取材2本の収録をしたあと、私や町広報課と30分ほど話しの時間を作っていただき、今も時間調整が大変な様子。

町としては、「今できること」を進めているが、やはり「瀬戸選手に負担が無いように」を一番に考えており、町民皆様からすれば、少しはがゆいのかもしれない。

一昨日には、「いつまで、間に合わせの横断幕なのか、早くちゃんとしたものに変えなくては瀬戸大也選手に失礼だ」という電話を戴いた報告があった。

横断幕は、金メダルが決まった朝には発注済みで、昨日(8日)の夕方仕上がり、今日(9日)には、取り替えられる。

その旨を電話を受けた担当が説明すると直ぐに了解していただけたようだが、世界の舞台で金メダルをとったヒーローを出すことができた町民とすれば、それは大変なことで・・

町民お一人お一人、瀬戸大也選手に対する思いは凄いことになっているのが伝わって来る。

昨日は、瀬戸選手のお母さんとマスコミ対応だったり、今後の応援体制としての共通認識をすることができた。


性格というものは小さい頃から大人になっても、そして、ある程度歳をとっても変わらないもの・・

瀬戸大也選手の子どもの頃の事や性格の話がここにきてマスコミによって報じられているが、家族の育て方や周りの環境で金メダルを取れるような彼が成長したのだろうし、素質として備わってきたはずだ。

そして、アスリートは結果だ。

以前、何かの時に一流のアスリートが言っていたが・・

「結果を出してこそトップアスリートとしての素質があったんです。それは努力もあったでしょう。でも素質があっても、期待されても、怪我をした。あるいは記録があるところから出ない。では、アスリートとしては、そこで終わりで、本当の素質があったとは言えないんです。私達スポーツ選手は、結果を出してこそ素質があったと言われるべきで、結果がなければ認めてもらえないんですよね」というものだった。

運もある。

運とは、以前にも政治家の条件で書き込んだが、運ぶ(はこぶ)ものであり、自分で運んで来る。あるいは自分に運び寄せる力を持っていなくては「運」ではないそうだ。

「運がいい」は、それなりの力を持っていることだ。瀬戸選手のお母さんが話していたが「今回の大也は運が良かったんですよ」は、金メダルを運び寄せる力だ。



昨日の夕方、本当にビックリする話しが飛び込んできて「ビックリ箱のような人」の話しを半分以上書き込んで・・消し、マージャンのリーチ一発の引きの良さにしようかと考え・・止めた。

その結果、瀬戸選手に絡めた「運」の話しの書き込みとなってしまった。

今朝は、水前寺清子の「365歩のマーチ」を口ずさむ。

名は体を表す - 2013.08.08 Thu

本当に、たまにだが・・2チャンネルのサイトを見ることがあるが、やはりいろいろなことが書き込まれている。

時の人、今は瀬戸大也選手のことが大変に多いが、毛呂山町の呼び名のことも多く「そのままケロヤマでいいのではないか」とか「面白いとか」物議となっていた。

難読地名は多く、隣町の越生町も「おごせ」とは呼びづらいし、この地域は毛呂山町・越生町・鳩山町と仲良くお付き合いをしているが、難読地域として・・

鳩山町の大豆戸・・・まめど

越生町の如意・・・・ねおい

などは代表的で、毛呂山町でも川角・・かわかど、私が住んでいる西戸・・さいど、も大体の人が最初は間違えるようだ。

この3町を流れる越辺川だって、最初から「おっぺがわ」と読む人はまずいないだろう。

今回の、瀬戸大也選手の名前は難読ではないが、昨夜電話をかけてきた高校の時の同級生は・・

「おい、毛呂山町のダイヤモンドが金を取ったな」と話し始めた。

「名は体(たい)を表す」で、意味を調べると・・

名はそのものの実体を言い表している。名と実体は相応じる。

であり、「大也も金も」ともに光輝く貴重なものだ。

その名前を使って記事にしていた新聞もあったが、今回の瀬戸大也選手の金メダルを取り上げるマスコミは、そのあたりを過去からさかのぼりストーリー化を駆使している様子が伺える。

どのようでも、今は最高に盛り上がる瀬戸大也選手だろう。

昨日のTBSテレビ、昼過ぎから始まった瀬戸大也選手の特集は、長引いた天気予報と瀬戸選手を語るコメンテーターのコメントの長さから、用意されていた最後のところの「地元毛呂山町の今後の取り組み」のフリップが出せなくなったようだ。

朝一にディレクターから、番組の内容について確認と了承を得たい旨の電話をいただき、最後の場面を期待していたが・・

いろいろと、予定通りには行かないものだろうが、コメンテーターの方々もシンデレラボーイとなった瀬戸選手の金メダルに話したいことが山ほどあったに違いない。

ディレクターからも、「予定通り行かなくて・・」と電話をいただいたが、フリップが出せなくなったことぐらいなんでもないことで・・

とにかく、地元毛呂山町とすれば瀬戸大也選手が存分に活躍できる環境を整えるだけだ。

瀬戸大也選手がヨーロッパにいる関係から、ご家族であったり、この私も毛呂山町の町長として「金メダルの喜び」に便乗してしまったが、そろそろ取材も落ち着いてきたところとなった。

慎重に、今後の取り組みを進めていこう。


「友達と川越でランチ」と言って、東京に住んでいる娘が夕方自宅に来た。

話しは、やはり瀬戸大也選手のことだが、「もろぷーが蓮なんだね」と・・

川越でランチの友達も毛呂山町での同級生だから、「もろぷー」の話題で盛り上がったとのこと。

なんでも、蓮スタッフに同級生の親がいるとの事で、「どこかでつながっている」という話しを聞いて私も驚いた。

ちょうど「もろぷー」で、友達と遊んだ年代だから、そのあたりが懐かしくもあり、寂しくも・・なのだろう。

夜、東京に送っていく車の中、娘から「毛呂山町でこれ考えたら」と、面白い企画を聞いた。

「なるほど・・それはいい」と返事をし、「まだ何か、くっけることができそうだ」と、話しが膨らんだ。

はじめは、そういうことから・・だが、それが面白いし、若者の発想が時代を引っ張ってくれていることを実感として感じる。

それを活かさなくてどうする。

毛呂山町の若者よ「出る杭になれ」で、「出る杭となる環境」が必要だ。

また、娘から宿題をもらったようだが・・今度のお盆、妻の実家のおばあちゃんちに一緒に行く約束となる。

宿題の続きは、その車の中で・・・一緒に考えようか。



「もろやま」と、ふりがな - 2013.08.07 Wed

瀬戸大也選手の盛り上がりは、下がることがなく・・昨日もマスコミの対応やら地元の後援会立ち上げの話しで持ちきりだ。

私のブログも、ここにきて多くのマスコミ関係の方々に見て戴いているようで、アドレスにtv.がついたものがいくつも見られるようになった。

昨日の朝7時過ぎ、私がインタビューを受けたニュースを見て、ラインでやり取りをしている県議から「テレビ見ました。ユーモラスでナイスです」と戴き、「ありがとうございます。瀬戸大也選手万歳。これからもよろしくお願いいたします」と返したら、「県民栄誉賞です!」と来た。

「是非、おねがいいたします」と送れば「スポーツ功労賞かもしれませんが聞いてみます」の返事だ。

他の県議にも電話をして、「県表彰をしていただけるなら、できるだけ早くお願いしたい」と話したが・・

さすが!上田知事も早い対処で、今朝の新聞の埼玉版には、”瀬戸選手に スポーツ功労賞 県方針”

が掲載された。

ありがたいお話し、埼玉県の迅速な対応に心から感謝を申し上げたい。

昨日の取材でも感じたが・・というより、既に他の取材での掲載記事を見た関係からか、私が話した「よく、けろやまと呼ばれてしまう・・」という事が面白かったのか、そのあたりの話しと、一夜明けてその後の町の様子を聞かれ、今後町はどうするのか・・ということが気になるようだ。

昨日の夕方、TBSテレビから今日のお昼に放映されるという番組の取材を受けたが、主な内容は「どのようなお祝いをするのか」であり、「それはいつか、どのような内容か、パレードをするのか」などだった。

「瀬戸選手は、この後もヨーロッパを廻り、帰国したら直ぐインカレと聞いているから、まだまだお祝いの会の話しはできない。私達地元とすれば、できるだけ瀬戸選手に負担が及ばないようにしてあげることが一番だと思っている」

と話したが、どのように理解していただけただろう。

企画はある。だけど、言えないことはいくらでもあり、それより彼本人の事を考えるのが一番だ。

まだまだ、先は長い。マスコミも視聴率が上がる絵がほしいのだろうが、「瀬戸大也選手を大事に育てていただきたい」。

願いは、それだけだ。


今朝の朝日新聞を見ていたら、2面の「ひと」で瀬戸大也選手が取り上げれ、掲載記事の中「毛呂山町」に「もろやま」と読み方のルビが譜ってあった。

昨日の電話取材でも「やっぱり、けろやまって言う人は多いですか」と聞いてきた。

一昨日から昨日にかけての取材で話した「もう、けろやまと呼ばせません。瀬戸大也選手は今一番の観光大使です」が、マスコミウケしたのだろう。

ふりがなをふってくれたのは、その辺りか・・・と、朝から気を良くした。


「雨が降る」と言っていた昨日は、雨が降らず・・今朝は、朝から猛烈な日差しとなった。

今日も、瀬戸大也選手の話題が続くだろうが、嬉しいこと・・

ずっとずっと続いてほしいと、朝の日射しに目を細くする。





昨日、今日の新聞は永久保存版 - 2013.08.06 Tue

今朝も、まだ暗いうちに起きだし、ポストに届く3紙の朝刊を読み、足りずに近くのコンビ二に行き、我が家でとってない大手紙といつも買わないスポーツ紙まで買ってきた。

併せて7紙だが、あと足りない大手紙1紙は「あそこのコンビにに置いてあったな」と、役場に行く前に手に入れようと思う。

今朝8月6日の新聞は、私にとっては永久保存版であり・・

昨日の8月5日の新聞とともに大事にとって置こう。

昨日は、朝から嬉しくも・・あわただしい一日となった。

町の執行部で朝一に会議を開き、金メダルをとった瀬戸大也選手について町としての取り組み方を協議する。

9時過ぎから、新聞社からの取材の申し込みがはじまり、テレビ局も加わり、毛呂山町役場ではその対応に追われた。

役場前の歩道橋には1ヶ月前から飯能方面側と越生方面側との両面に「祝毛呂山から世界へ 瀬戸大也」の横断幕が張ってあり、朝の会議で作り直す事にはなっていたが、できるだけ早く瀬戸選手の金メダルを「多くの方々と喜びたい」という思いで、急遽、看板店に相談をした。

「その部分だけボードであてるなら1時間でできる」という返事だ。

「直ぐに取りかかっってほしい」と依頼し、午後の3時前には「金メダル」の大きな色文字を「毛呂山から世界へ」の所にあてて、「祝 金メダル 瀬戸大也」と換えることができた。

ちょうど居合わせたテレビ局の取材クルーも、「これはいい」とカメラを回していたが、夕刻のニュースでは早速その「金メダル」の文字を取り付けている場面が全国に流れる。

夕方まで取材が続き、今朝も7時のニュースで流れるようだが、見て置かなくては・・と思う。

2000年だったか、シドニーオリンピックに出場が決まった 川嶋 伸次選手も毛呂山町出身で、川角中学校の卒業生だ。

私は、その時川角中学校のPTA会長で、川嶋 伸次後援会設立の役員となった。

壮行会を開催したり、母校の川角中学校で講演をしていただいたり、またシドニーで走る時は役場だったか、後援会として応援したような記憶がある。

その後、川角中学校のマラソン大会には「川嶋 伸次杯」という賞とカップを作り、校庭には月桂樹の記念植樹をしていただいた。

その時も、次から次と企画が持ち上がったが、初めてのことでもあり後援会の役員会はあわただしかった事を覚えている。

瀬戸大也選手の「世界水泳 男子400個人メドレーの金メダル」は、これも日本で初めてというすばらしい記録であり、昨日の取材でも感じたが、まだまだメディアの対応もさることながら、町としての対処を慎重にしていかないといけないだろう。

川嶋選手のオリンピック出場から13年経過して、今度は町長として瀬戸選手を応援できる事は、偶然に訪れた「時空の巡り合わせ」だろうか?・・ただただ感謝するばかりだ。

昔、もう20年も前だろうか・・、トム・ハンクスとメグ・ライアンの「めぐり逢えたら」という映画を思い出した。

奇想天外なストーリーと最後の微笑ましいラストに心が和んだ。

めぐり逢える・・その偶然やデジャブー的な場面には、人と人がおりなす「何か」があるのだとも感じる。


昨日、毛呂山中学校から2名、川角中学校から1名の生徒が、水泳と走り高跳びでの関東大会・全国大会の出場を決め、その報告もあわせて表敬訪問に来てくれた。

前途有望な若い選手だが、「毛呂山町を代表して関東大会で、そして全国大会で、大いに活躍してほしい」と言葉を贈った。


また、将来のいつの時か、立派に成長して「めぐり逢える」その時が楽しみな・・

清々しい、毛呂山町の代表選手だ。


瀬戸大也、金メダル! - 2013.08.05 Mon

やった!!!!世界一だ。瀬戸大也が爆発!!

テレビを見ない私が、まだ暗いうちから事務所にあるテレビのスイッチを入れた。


<世界水泳>瀬戸が「金」…400個人メドレー日本人初   バルセロナ

水泳の世界選手権は4日、当地で行われ、競泳男子400メートル個人メドレー決勝で早大1年の瀬戸大也(19)=JSS毛呂山=が4分8秒69で優勝し、金メダルを獲得した。

4泳法の総合力を競う個人メドレーでは、五輪、世界選手権を通じて日本人初の世界一となった。(毎日新聞)

 
【瀬戸が金】ゴール後の萩野の表情は…

今大会の400メートル自由形と200メートル個人メドレーでの「銀」に続く金メダルを期待されたエースの萩野公介(18)=東洋大1年=は4分10秒77で5位だった。

瀬戸は埼玉県出身。昨年のロンドン五輪では代表入りを逃したものの、初出場の大舞台で同学年のライバル萩野を上回るタイムで泳ぎ切り、見事に世界の金メダリストの仲間入りを果たした。

テレビからは、瀬戸大也選手の話しで持ちきりだ。

「萩野君の活躍を見て、自分も活躍したいと思って・・・一発カマシました」

清々しいコメントに、本当に嬉しい朝。

ご両親もたぶん嬉しさと鳴り止まない電話で、眠れずの今朝を迎えたのではないだろうか。

昨日8月4日は、なんというすばらしい日なのだろう。

この毛呂山町から、世界一になった男が誕生した日だ。毛呂山町の「記念の日」といってもいいくらい。

ずっと我慢我慢の瀬戸選手で、その様子は瀬戸選手のお母さんから聞いていたが、我慢や悔しさが爆発した泳ぎで世界一となった。

この勝利は、きっと瀬戸選手の自信へとつながり、夢のステージへと加速するものだ。

しばらく、瀬戸選手のことで持ちきりとなりそうだが、町として今後の対処を考えよう。


大変にビックニュースが飛び込んだので、他の書き込みは要らないようだが・・

今朝の埼玉新聞の1面に、「県自治体別健康寿命」という表が掲載された。

毛呂山町は19位で、鳩山町はなんと6位、越生町は24位という結果だ。

この健康寿命とは、65歳に達した県民が健康で自立して生活できる期間を示すもので、具体的には「要介護2」以上になるまでの期間。県衛生研究所が算出しており、2011年度の県の健康寿命は男性16,85年、女性19,77年となった。

つまり、県平均では男性では81,85歳で要介護2となり、女性では84,77歳で要介護2となる話だ。

毛呂山町は「医療と福祉の町もろやま」を過去から謳っており、特定検診などもいい数字を出しているが、また新たな指標が掲載されたことで、健康寿命への取り組みを強化する施策を考えよう。

ただ、このような調査の順位には、何か偏る原因もあるので・・

その辺りを調べなくてはならないし、その原因を知ることが順位を上げるポイントなのだろう。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」だ。

*孫子のことばより

中国の兵法家で戦略家の孫子の有名な言葉。

天才兵法家として、数々の戦争にて勝利をおさめた孫子は、いろいろなことばを残している。

戦争をはじめる場合、敵の状況、そして、自分の状況を知れば、どの戦争でも、危うい状況にはならないということ。

大敗をこうむったり、大損害を与えられるような戦争は、はじめる前に、自軍の戦力を過大評価していたり、相手の戦力や、将軍が誰かなど、情報不足で行った戦争であることが大半であり、自軍の戦力、作戦、将軍、軍師、相手軍の戦力、作戦、将軍、軍師など、情報をきちんとつかみ、その対策を立てていれば、自軍が危機的な状況におちいることは、避けることができるとする。

情報収集の大切さと、正確な情報における緻密な作戦の大切さは、ビジネスにもある意味、戦争の要素を含んでいることから、自分の力と、相手の力や情報を、最大限調べつくしてから、動く必要がある。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

瀬戸選手も、世界の強豪選手を相手に、そんな緻密な作戦を練ってたのではないか・・

おめでとう世界一、おめでとう瀬戸大也!




今は、ニンジンで「セリ科」 - 2013.08.03 Sat

えっ、そうなの?

と、世界の歴史を改めて勉強しなければならないようだ。

桜井氏の企画する政策講演会に、一度参加したことがあるが、世界の特にアジアの歴史から、日本のあるべき姿を主張し、その力強い講演に驚くばかりだった。

ただ、今回の講演会のパネリストでもある麻生副総理から飛び出した言葉が、これだけ「世界を駆け巡る言葉」として、会場に居合わせた人の何人が危機感を持ったのだろうか。

「ワイマール憲法がいつの間にかナチス憲法に変わった。誰も気づかないで・・」

この麻生氏の発言は誤りだった。

ナチス政権がワイマール憲法を改正し、新たに憲法を制定したかのように理解しているが、調べると・・

ナチスは1933年、暴力を背景に、ドイツ国会において全権委任法を成立させ、ワイマール憲法を死文化させて独裁につなげたのであって、「誰も気づかない」ではない。

麻生氏の発言を捉え、憲法改正は「反民主主義的」といった曲解もなされてしまう。

麻生氏は「憲法改正は落ち着いて議論することが重要」と発言全体の趣旨の弁明をしたが、「いつの間にか」「誰も気づかないで」憲法が改正されるのが望ましいかのような表現はまったく不適切だ。

今朝の朝刊では、1強となった自民党に連立を組む公明党との安定与党のために、野党各党から出る「麻生氏問題発言」への攻勢を封じ込める勢いだ。

それは、菅官房長官の言葉の・・

「見解や価値観の相違といった議論の余地のある問題ではない。国会で審議する性質のものではない。これで決着だ」で解るように、幕引きを予感させた。

今は、世界の中の「日本」として、各国より誤った認識がされないように、「憲法改正は慎重に・・」と願うばかりだ。


8月上旬で天候が悪いというより、天候が落ち着かない日が続く。

この時期は、ニンジンの種まき頃で・・本来なら7月の中旬からニンジンの種が蒔けるが、ここ数年の暑さと雨不足で次第に種蒔きの時期がずれ込み8月に入っての種蒔きが主流となってきた。

そして、このようにあまり暑くない時の方がニンジンの発芽率も上がるので、畑の状態が整っていれば今がニンジンの種蒔き適期だ。

毛呂山町が今年から始めた農業塾だが、明日から後期がスタートする。

だから、塾長と相談してニンジンなど種が蒔けるようならその辺のポイントを塾生に教えられればいいのだろう。

これからは、以前にもこのコーナーに書き込んだように、その時期の農作業に合ったポイントを書き込んでみよう。

今は、ニンジンの話し。

ニンジンは、せり科だが、ニンジンだけでなく栽培しようと思う野菜の「科」は、是非知っておかないと駄目だ。

ネギの類はユリ科で、仲間にはネギ、玉ねぎ、ニラ、ニンニク、ワケギなどがあるが、「科」を知る事は、その植物の花芽分化を知る事だ。

それは、この8月から蒔き始めるアブラナ科の野菜類では、大変に重要な事であり、そのメカニズムを知らないと大根など「育たないで、春に花が咲いた」ということになる。

野菜はどんなに進化しても植物であり、どんなに品種改良をしても花芽分化の本能まで変えることはできない。

だから、「科」を知り、花芽分化(バーナリゼーション)を知る事が基本だ。

ニンジンの種は、発芽率が悪い。50%だと思って良い。種は2ミリ程度で薄っぺらくて周りに産毛がついている。

この状態を生種(きだね)といい、最近は機械蒔きをする関係から石灰質のもので丸くコーティングする「コーティング種」なるものが主流となってきたが、家庭菜園では生種で充分である。
(コーティング種は、1万粒単位で販売されており、1万粒は畑の面積で30坪くらいに蒔ける量となる)

野菜は、それぞれ種の形がいろいろあるが、平均直径として幅の有るところと無いところを平均して直径をみる。

そして、その平均直径の2~3倍の土をかけるのが、種蒔きの覆土(ふくど)の基本となる。

ニンジンの種の平均直径は、2ミリと見ていいから、種蒔きの時の土かけはその3倍にみても6ミリとなる。

そして、ここからがポイントで・・ニンジンは発芽率が悪いが、どんな種でも発芽条件は一緒であり、必ず「水分・酸素・温度」の3条件が整えば「発芽する」ということを知ってもらいたい。

「土は、要らないのか・」と思うかもしれないが、それは、あくまでも根が張る培地(ばいち)であって、発芽の条件ではない。

水耕栽培には、土は要らないからそのあたりは理解してもらえるだろう。

だから、ニンジンを蒔いたなら、発芽までは土が乾かないように発芽に適した条件を与えてほしいということだ。

それ以外の「酸素と温度」は自然界に種が蒔かれた時から整っているのだから・・

ニンジンの種を蒔いた後に乾かさない施策は、先ず鎮圧だ。

昔、麦踏みというものを見たことがある人なら、それと同じように種を蒔いたところをよく踏んで締めてもらいたい。「踏んで大丈夫?」と思うだろうが、人間の体重くらいならニンジンの成長ではなんでもない。

踏む事によって、その部分は乾燥しづらくなり水分が保持される。またその踏んだ後にモミガラやワラなどを薄く載せていただければ、バッチリだ。

この状態で、雨が降らない時は2日に1回の割合で朝か夕方にジョウロでモミガラやワラの上から水を撒いていただければ早くて7日、遅くて10日後に芽が出て来る。

家庭菜園の小面積なら、草取りは小まめにできるだろうが、ニンジンの種を蒔く面積が広いときは、種を蒔いて発芽までの間にトレファノサイド乳剤とロロックス水和剤の混合剤を作り、畑への表面に散布しないと後で雑草によって大変なことになるのでこの作業を必ず行うこと。

発芽から間引きまでは、約1ヶ月ほどニンジンが生長してからなので、そのあたりでまた書き込むことにする。

あまり早く間引きをするとかえってニンジンの生長は遅くなる。はじめは周りにニンジンの仲間があった方が、互いに競いあって成長するから、間引きまでは雑草を取るくらいにするのがポイントだ。

トレファノサイド乳剤とロロックス水和剤の混合剤を撒いても、カヤツリ草には薬の効果が落ちるので、これも見つけたら抜くように気をつけよう。

冒頭で8月に種を蒔く話しだが、ニンジンの品種については、今は5寸ニンジンが主流であり、この場合8月一杯で、9月に入ったら3寸ニンジンを蒔くように、これも上旬までで、9月中旬以降の播種では生育後期に初冬の低温期が来てしまい育たなくなってしまうから注意。

明日は、マルチングの効果について書き込むこととする。

生まれてきただけで・・感謝感謝 - 2013.08.02 Fri

萩野が銀メダル獲得 瀬戸7位=世界水泳・男子200個人メドレー

水泳の世界選手権第13日は1日、スペインのバルセロナで行われ、男子200メートル個人メドレーでは、萩野公介(東洋大)が1分56秒29で銀メダルを獲得した。

瀬戸大也(JSS毛呂山)は1分58秒45で7位だった。ライアン・ロクテ(米国)が1分54秒98で優勝した。

萩野は平泳ぎ終了時点で3位につけると最後のクロールで2位に浮上し、銀メダルを獲得した。萩野のメダルは400メートル自由形の銀メダルに続いて今大会2個目。

世界を舞台に、毛呂山町の瀬戸選手が決勝に進出した。

7位だったが、19歳、まだまだこれからの瀬戸選手であり、今後の活躍を多いに期待するところだ。

ここで、毛呂山中学校1年生の濱崎さん、川角中学校3年生の本庄さんと水泳の個人だが好記録が出て、2人の生徒が関東大会出場を決めた。

陸上競技でも、毛呂山中学校3年生の古木さんが、走り高跳びで1メートル79センチを跳び、やはり関東大会出場を決めた。

来週の5日(月)には、町長室に3人の中学生が関東大会出場の報告に来てくれるという。

子ども達の活躍は本当に嬉しいもので、町を上げて喜ぶべき話しであり、多くの町民に知らせ、そして称えていきたい。

「どんどん伸びろ、どんどん続け、毛呂山っ子」


2週間前、毎月取っている「致知」で車椅子のアーティスト佐野有美さんの記事を読んだ。

先天性四肢欠損症、生まれつきほとんど手足がないという重度の障がいをもちながらプロの歌手として活躍する傍ら、年間約100回の講演で全国各地を飛び回り、多くの方々に感動と勇気を与えている。

インタビュー形式の記事だったが、左足の3本の指しか使うことができない体で、電動車椅子を巧みに操作しながら現れた佐野さんの明るさ・・それを掲載されている写真から窺えた。

「笑顔は最高のおしゃれ」それが、見出しのリード文・・

「トイレと入浴はさすがに一人ではできない」と言いながら、それ以外はほとんど自分でやっているという。

出かけるときは、2時間も支度に時間がかかるから、逆算して出かける2時間以上前から準備をするというが、それも母親とともに小さい時からの猛特訓で、着替えからお化粧まで一人でもできるようになったと・・

同じ障がいをもっている方に、乙武 洋匡氏(おとたけ ひろただ)がいる。

彼は大学時代に早稲田のまちづくり活動に参加。このまちづくり活動を取材したNHKの番組出演がきっかけで、障がい者としての生活体験をつづった『五体不満足』を執筆し、出版。

屈託のない個性と「障害は不便です。しかし、不幸ではありません」と言い切る新鮮なメッセージがあいまって大ベストセラーとなった。

乙武 洋匡氏をテレビの「徹子の部屋」で始めて見たのは平成10年頃だから、今から15年も前・・

自分なりにショックを感じたのは、その明るさだった。

佐野有美さんの掲載記事を夢中で読み、ネットでは子どもの頃からの生活や手足がないチアリーダーとして仲間との高校時代、そして現在の歌手としての動画を見た。

その明るさに、ずっとずっと頑張ってほしいと・・その思いばかりとなり、涙が溢れた。


健常者は、時にその有り難さを忘れているが、走ったり、飛んだり、あるいは泳いだり・・それができる有り難さに感謝し、あるときは他の人より秀でることを表すチャンスを与えて戴いたなら、その瞬間に全力を尽くし、支えてくれている方々のためにも頑張ること・・それが一番大切な「心」だろう。


是非、多くの方々に、佐野有美さんの動画を見ていただき、頑張る勇気を奮い起こしていただきたい。

今朝は、勇気が戴ける・・佐野有美さんのご紹介とする。








リバースモーゲージ - 2013.08.01 Thu

7月29日、日本経済新聞に掲載の「リバースモーゲージ」を読み、またまた「なるほど」と・・

リバースモーゲージと言われても何やら聞き慣れない言葉だが・・

リバースは「逆の」、モーゲージは「担保」という意味の英語。住宅を取得するときの住宅ローンの場合、不足資金を金融機関から一括して借入れ、毎月一定額を返済していくが、リバースモーゲージは、すでに保有している住宅を担保に毎月一定額の融資を受けるローン。

返済はせず借入者の死亡時に住宅を処分して返済資金にあてる。ちょうど、住宅ローンの逆の流れをイメージしてもらえばわかりやすい。

もともとは18世紀にフランスで誕生したシステム、米国、カナダなど欧米ではシニア世代の資金調達手段として普及している。

日本では1981年に東京都武蔵野市が導入したのが先駆けで、公的プランと民間金融機関の商品とがあり、バブル崩壊の時から減少していたが、最近また需要が増え始め、各銀行が力を入れ始めている。

東京スター銀行の場合・・

2005年からスタートし、実績は現在まで約1,300件。毎月一定額の融資ではなく、まとまった形で入金されるため、必要に応じて資金を利用できるのが特徴。極度額までは何度でも融資可能である。資金の使用目的は生活資金全般だが、事業目的や投資目的は対象外である。

また、「預金連動型ローン」といい、普通預金残高と同額のローン残高分には利息がかからない。融資資金は普通預金口座に入金され、その資金を口座から引き出さない限り、利息の支払いはない。

一般的にリバースモーゲージでは、原則として子供と同居している場合は対象外だが、東京スター銀行では朝日信託と提携しており、たとえば二世帯住宅で配偶者以外に子供と同居しているケースでも、信託サービスを利用することによってリバースモーゲージを受けることができる。自宅を貸出し、家賃収入を得ながら新しい家に住み替えられるシステムもある。(ネット記事から引用)

自宅に住みながら家を担保に老後の資金を借りるリバースモーゲージ。

背景にあるのが急ピッチで進む少子高齢化だ。日経の記事に借り手側の一例があった。

東京三鷹市の方は、自宅を担保に銀行から2,400万円の融資を受けた。2人の子どもはすでに独立し、夫婦で小ぶりなマンションへの住み替えも検討したが、「慣れ親しんだ家を離れたくなかった」
そこで選んだのがリバースモーゲージで、借りたお金の一部は趣味の海外旅行や社交ダンスに使う予定。子ども達には「残す資産は何もない」と伝えてあり、死後には担保の自宅を手放して返済してもらう。

大阪府箕面市の方は、自宅を担保に銀行から2,000万円の契約をし、7人いる孫の教育資金などに使う。
「お金を残すことではなく、孫たちを一人前に育てるのが私の役割だ」と笑う。
元会社役員でもあり、生活資金が不足しているわけでもない。リバースモーゲージを利用したのは、老後の余裕資金を増やすのが狙いという。

これらを対象とした銀行の市場は、推計で1,000億円と言われており、みずほ銀行では「潜在的に5兆円ある」と見込むが、課題もあるようだ。

融資額は地価に応じて決まるため、地価が急落して担保割れに陥ると金融機関は融資を絞る。バブル崩壊後にこの制度が頓挫したのは、地価の急落が主因であり、現在、各銀行は融資額を評価額の50~70%に抑えて地価の下落に備えている。また金利の急上昇もリスク要因となる。


田舎では今、子ども達に田畑や山林といった不動産を残さないという考え方が広がっている。

昔から、農業をやってきた人からすれば田畑などは特に大切なものだが・・

息子が農業という職種を選ばず・・つまり後継者とならない家庭がほとんどだが、家を出て、新しい家族を構成するようになると、もともとの家は実家となる。

実家では、元気だった親も歳をとり・・たまに電話がかかって来て、何の用かと思えば「畑に草が生えてしかたがない。今度の休みに草刈りかトラクターで耕してくれないか」だ。

息子はすでに奥さんや子ども達と出かける約束があったり、たまの休みだから家でゆっくりとしたい訳で・・「悪いけど行けないよ。シルバーでも頼んでくれないか」だ。

それが、何度も何度も・・と同じような問答となり、いよいよ聞きたくない言葉が飛び出す。

「悪いけど、俺はいくら財産だ。といっても相続で田畑は要らないからね。弟でも妹にでも相談してくれよ」

親とすれば、財産を残すことが子孫にとって良かれと考えてきた事だけに、それはそれはビックリな言葉なのだろうが・・

それが実際のところであり、次男だって長女だって要らないとなれば、行き着くところは決まってくる。

20年前30年前の考え方は、その歳月の流れによって変化し、新たな問題となって動き出している。

これは、農地をもっている田舎のことだが、不動産なら都会でもまったく同じことになる。

田舎の田畑であろうが、都会の真っ只中の一等地であろうが、後を継ぐとか家を守るとかの考えがなければ、進む道は絞られてくる。

リバースモーゲージ・・新たな考え方だが、まさに時代を表し、利に適った金融施策なのだろう。

「今が旬」となる施策を、切り口を変えて・・

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