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2016-03

ゼンリンの意味を知る - 2016.03.31 Thu

昨日も「安全・安心のまちづくり」のために協定書の締結式が行なわれた。

一つは、坂戸地区薬剤師会(坂戸、鶴ヶ島、毛呂山、越生、鳩山を管轄)であり、災害時などに薬剤などの手当てをしていただく協定を結ぶことができた。

坂戸地区薬剤師会では、既に坂戸市などの防災訓練に参加し、災害時における自治体との関わりなども思考されているようで、医師との関係なども話を聞くこととなる。

特に、ジェネリック薬品についての取り扱いでは、先発薬品とジェネリックなどの薬品が同じであっても、薬品名が変わっている場合があり、災害時以外でも両方の薬品名を記す必要があるという。

また、医師によってはジェネリック薬品に対して信頼を持っていない場合や、同じように患者によってもジェネリック薬品を使いたくない方がいるなど、薬剤医師会としての見解なども聞くことができた。

その協定書の締結後、地図の大手企業「株式会社ゼンリン」との協定書の締結式となる。

既に、鶴ヶ島市はゼンリンとの災害時協定を締結しており、毛呂山町からの協定依頼に快く了解いただき、早速昨日の協定書の締結となった。

締結式後の意見交換では、グーグルのストリートビューや、各メーカーのナビゲーションシステムでも「ゼンリン」との契約で進められていることを知り、「ゼンリン」のシェアの大きさを実感する。

「是非、選挙用に使いやすい地図を作ってほしい」には、笑いとなったが・・そういう地図も実際に手がけているとのこと。

また、全国の市町村における過去からのデータを持っている関係から、人口分布の移り変わりや道路整備や企業進出など、将来への町づくりへのアドバイスなど市町村との関わりについてもお願いすることとなる。

特に、空家問題などにも大きな効果が期待でき、実に内容の濃い意見交換の時間となった。

最後に、「大変、初歩的な質問でおかしいのですが、ゼンリンとはどういう意味の社名です?」と聞くと・・・

「ゼンリンは、[善隣友好]という中国の四文字熟語を用いており、最初は漢字だったのですがゼツリンなどと読み違いがあったりしまして、カタカナのゼンリンになった」との説明。

社名については、何かの短縮言葉と思っていたが・・・実に面白く聞くことができた。

久しぶりに、町づくりへの大きなヒントをいただく事ができた協定書の締結式となる。



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春をいただく - 2016.03.30 Wed

朝、ホウレン草の御浸しとネギのお味噌汁に山芋が擂ってあり、朝食とした。

山芋は別として、ホウレン草もネギも今が旬であり、本当に美味しくいただくことができた。

何故「旬」か・・・

ネギもホウレン草も今までの生育は、栄養成長であり、春になると生殖成長へと変わるが、栄養成長の最終期となる3月ならではの味を感じる度に、「旬」と思えるからである。

この後、ネギなら4月に「ネギ坊主」が出てくるが・・・

これが生殖成長に移った証であり、ネギ坊主は花から種を作る段階、今まで料理などで刻んでいたネギの白い部分は包丁の刃も入らないほどに固くなり、いわゆる次の代となる「種」を作るための「野菜」から「植物」と変化したもの。

ホウレン草も同じで、まずホウレン草の出身地を調べると・・・

菠薐(ほうれん)とは、原産地のペルシャの唐宋音「菠薐(ポーリン・ホリン)国」から入ってきたこから「(菠薐菜)ポーリンツァイ」と呼ばれ、日本で転訛され「ホウレン」となった説、ネパール経由で唐に伝来したとされることからネパールの地名「頗稜(ホリン)国」に由来し、改字して「菠薐(ホリン)」となり、日本で転訛され「ホウレン」となった。

アカザ科だから、根元が赤くなり、冬は体を小さくして厳しい冬を耐え、2月下旬頃から伸び始めて、4月には花を咲かせるために抽苔(ちゅうたい)し、花を咲かせる。

この4月を迎える前の今が栄養成長の最終期で、伸び伸びと育って体中に栄養分を蓄え、4月の花を咲かせるために備えている時だからこそ、今のホウレン草は甘くて美味しいということが言えるのだと思う。

そういう植物のメカニズムを知ると、「なるほど、だから美味しいんだぁ」ということにも理解できるもの・・・

ニンジンも時間の問題で、花を咲かす頃となってきたが、春キャベツも今が美味しく・・植物だけでなく、その「旬」に動物たる人間も春を喜んでいる生き物である。

今年は、一昨日の雷雨もあったが、菜種梅雨の雨量も多くてタケノコの出が良く・・・

おまけに、この雨のお湿りによって我が家の裏山に置いてある椎茸の原木から椎茸が一斉に姿を現しはじめ、さっそく焼いてお醤油で食べたが、春の格別な味に舌鼓を打ったばかりだ。

やはり「菜種梅雨」という嫌われ者的な「雨を演じる役者」は、大自然を引き立てる素晴らしい役であり、その役が無ければすべてが上手く行かないことを私達に教えてくれてもいるのだろう。

まだまだ、春をいただくことは多く・・

美味しい時期だが、楽しみながら春を満喫したいものだ。

動きのある毛呂山町へ - 2016.03.29 Tue

3月定例議会が閉会していない市町村があり、今朝の新聞にはいくつか問題となっていることが記事となっていた。

神川町のFM局の開設に対して議会が否決の判断となった記事。

宮代町では、町長報酬について議案が再提案されるようだ。

先日は、戸田市で前北本市長を副市長に迎える人事案件が可決されたが・・・

県内の各市町村では、この3月議会で人事であったり、地方創生施策に合わせて動きのある予算が上程されている関係から、やはり動きのある議会となっている。

昨日、ゆずの里ケーブルの「町長に聞く」の収録があり、新年度を迎えるあたり期待できる施策と副町長人事について質問を受ける。

副町長においては、毛呂山町で初めて県より出向いただき、藤田氏に就任いただくが、県とのパイプ役となっていただき、活躍を期待している。

平成28年度の施策については、自身の政策・公約の「すぐに結果を出す施策」についての予算が盛り込まれており、これらをしっかりと実現し、町民皆さまとの約束を果たしながら、動きのある毛呂山町をお見せする年と考えている。

そんな中で、ここ数ヶ月にわたって続いている「安全・安心のまちづくり」への協定書の締結は、是非多くの皆さんに知っていただきたいもので・・・

自身の町政報告の[春号]などを考えているところだ。


昨日、鶴ヶ島市の庁舎に伺い、しばらく1階のロビーの様子を見させていただく。

色分けした各受付は、カウンターの全てに仕切りが立ち、接客でのプライバシーが確保されている。

広いフロアには、健康相談などがあって、耳の不自由な人だろうか、手話で案内係りと会話をしていたが、案内係りの手話が上手に対応しており、接客に対して万全としている所に関心した。

やはり、他の自治体を見て、町でも取り入れないといけないものが多く、「井の中の蛙」では発展は無いものである。

来月の新年度から、先進事例を見て来る視察研修を職員と実施する運びとなった。

まずは、新潟県長岡市の庁舎で、私も同行して各課の職員と視させていただくこととなっている。

「百聞は一見にしかず」で・・・

この視察を通して、町そのものに大きな動きを期待している。

すべては、町民皆さまのため・・・

「少ない経費で最大限の効果」には、まず職員のスキルアップを考えることが大事で、視察の後の「意見交換会」も企画しており、どんな意見も吸い上げられる仕組みを構築したいとも考えている。

世界のホンダの創始者の考え方をヒントとしているが・・・

「総活躍は、まず庁舎の中から・・」

平成28年度、大きな動きに結び付けたい。











安全・安心の協定が続く - 2016.03.28 Mon

今日、朝から鶴ヶ島市の庁舎に行き、坂・鶴水道企業団と毛呂山町との「緊急時相互連絡管の設置に関する協定書」の締結式を行う。

これは、災害や大規模な事故等の緊急時には、全給水区域への給水が困難となることが想定されることから、影響を最小限に止めるため、坂戸・鶴ヶ島水道企業団と毛呂山町は、緊急時における水道水の相互融通を目的とし、有事の際、出水不足や水圧の減少に対応するため、相互の配水管を連絡管で結ぶ「緊急時相互連絡管の設置に関する協定」を締結するものである。

近隣の市町村では、まだこの連絡管をつないでいる事例がないために、今後このような施策が増えることが予想されており、率先して協定を結ぶことができた毛呂山町の実績は大きな評価となるだろう。

坂・鶴水道企業団と連絡管を結ぶ毛呂山町の管は坂戸市の森戸地区と毛呂山町下川原地区、坂戸市長岡地区と毛呂山町苦林地区の2箇所で、通常の場合は閉栓しており、緊急時に開栓し水道水を融通するものである。


先日、協定を結んだ「空家等の適正管理に関する協定」の内容は・・・

毛呂山町と公益社団法人毛呂山シルバー人材センターが相互に連携・協力し、町内の空家等の適正管理を進めることにより、良好な生活環境の保全及び安全で安心な町づくりの推進に寄与することを目的とした協定である。

シルバー人材センターの空家管理に対する業務内容は・・・

1、見回り
2、除草等
3、樹木の伐採、枝下ろし
4、植木の管理
5、小さな修繕
6、その他、所有者等の要望による一般管理

などで、部分的な業務から年間を通しての管理業務まで、所有者との契約はバリエーションを揃えているので安心して依頼していただける内容。

是非、空家となって管理に困っている所有者にあっては、この施策を上手に使っていただきたく、紹介とする。




年度末の大字集会 - 2016.03.27 Sun

第5回 宿谷の滝 清掃ボランティアの朝である。

朝9時から始める関係から、掃除道具をトラックに積み込み、8時過ぎには家を出て宿谷に向う。

現地に着くと、既に参加者が集っており、今回は18名の参加となった。

例年の掃除の段取りを説明し、上から掃除をしながら下りて来る方がやり易いので滝まで上り、記念撮影を撮った後に滝の上からまず熊手で大きいゴミを寄せ、次にホウキで掃き集め、集めた小さいゴミを塵取りで取る作業。

終ったのが、10時40分過ぎだから、1時間40分で例年通りの時間で宿谷の滝の遊歩道は全て綺麗になる。

次回は、是非鎌北湖までの道をボランティアを募って綺麗にしたいものだ。

終ってから、いつものバーベキューではなくピザを焼いて慰労会としたが、玉ネギをスライスしてそのまま使ったのが失敗だ。

玉ネギの苦味が出てしまったようで・・・次回は、玉ネギのスライスを事前に行い、水にさらすことを忘れないようにしたい。

帰宅後、葛が蔓延って地権者が管理しない遊休農地によって隣接する畑で迷惑となっていたので、地権者に断り野焼きをして片付けることができた。

野焼き後、夕方に雨となったので、火の始末の心配もなくなり・・・当たり仕事となる。

夜、7時から大字集会があり、今年度の報告と来年度の役員が決まったが・・・

「川のまるごと再生」について進捗の様子が地元に何も報告されないこと。
埼玉西部環境保全組合対策協議会の役員の方が役員を交代したい旨の話。
町レクにおける今までの行政区割りについて、西戸、箕和田、東原、目白台で、大きな目白台についての指摘。

などの問題提起が出て・・・私が答えることとなった。

9時前に大字集会が終わる。

空家対策の協定 - 2016.03.26 Sat

旭台保育園の卒園式は、涙、涙の感動する卒園式で、子ども達の立派な成長を確信することができた。

午後には、国勢調査を3回以上引き受けて戴いた皆さんに感謝状を贈る授与式があったが、その時にも成人式、小学校、中学校の卒業式、保育園の卒園式と・・・この数年の落ち着いた素晴らしい式典が話題となり、行政と教育部局の取り組みについて高い評価を感じることができた。

午後3時からは、公益社団法人毛呂山町シルバー人材センターと毛呂山町との「空家等の適正管理に関する協定書」の調印式が行なわれ、空家への対策について一歩前進することができた。

あとで、詳細について書き込みたい。

保育園の卒園式 - 2016.03.25 Fri

今朝の埼玉新聞の2面[総合]に、毛呂山町の副町長人事の記事掲載があった。

埼玉県産業労働部産業労働政策課調整幹の藤田努氏(48)が毛呂山町議会の同意を得て、副町長に選任された内容だ。

4月1日から、就任をいただくが、毛呂山町と県とのパイプであり、動きのある町政運営のために尽力をお願いする。

昨日の光山小学校の卒業式は、厳粛にそして卒業生が舞台に上がっての「小学校での思い出の発表」の声も大きく、いい卒業式となった。

特に、保護者代表の言葉には、その内容もさることながら謝辞を述べる保護者代表となった小林様の思いが綴られ、心打つ話しに涙となる。

この「保護者代表謝辞」が、市や町によって式次第にない学校もあり、毛呂山町でも町立4校のうちの1校の小学校で謝辞をしない報告を受けている。

「保護者代表謝辞」に馴れてきているせいか・・・やはり子ども達が卒業するまでの保護者の思いは、卒業式をひと際引き立てているように感じており、多くの保護者の皆さんも、昨日の保護者代表謝辞を聞いて、自分の思いと重なることも多く・・・共感したのではないだろうか。

午後、町と契約をしている水道事業を請け負う企業との「安全・安心のくらしを守る連携協定」を締結することができた。

これは、水道メーターの検針などを受け持っている企業が検針時の際、住民の異常を感じた場合に町や警察に異常を連絡するもので、特に独居での高齢者住宅などにおいては大変意義のある協定である。

夕方、来年度の人事異動について内示し、4月1日からの平成28年度の体制が決まる。

今日は、町立保育園の旭台保育園とゆずの里保育園の卒園式で、私は旭台保育園に出席する。

かわいい子ども達の成長を見て来よう。

米作りからの情操教育 - 2016.03.24 Thu

3月24日、大安、今日は町立4小学校の卒業式である。

私は、順番で光山小学校の卒業式に出席するが、教育長、教育委員長そして議長、副議長と振り分けて毛呂山小学校、川角小学校、泉野小学校のそれぞれに出席していただくこととなっている。

先日、たまたま自宅に忘れ物を取りに午後の3時過ぎに戻ると、川角小学校の高学年の生徒が自宅前を通りがかり、私がいるのを見つけて・・・

「井上けんじさん、卒業式くるの?」と、大きな声で話しかけてきた。

いつも、朝の登校時に「おはよう」と声をかけていることもあって、そういう親近感から「井上けんじさん」なのだろう。

「今年の卒業式は、光山小学校なんだよ」と言うと、声をかけてきた男の子と側にいる子達で顔を見合わせ「なんでっ!」と返ってきた。

「順番があってさ、入学式も順番で4つの小学校を回るから、川小じゃないかもよ」と答えると、「そうなんだぁ・・」と、子どもながら残念そうに歩いて行くのがとても印象的だった。

「田植え教室」などで、一緒に泥んこになったことが子ども達の「親しみのある声」となっているのだろうと・・笑えた。

今日の卒業式に出席する光山小学校も、田植え教室を始めて4年目になるだろうか。

「田植え」の歴史が一番古いのが泉野小学校で、もう20年くらいだろう。

泉野小学校では、獲れた餅米でお赤飯やお餅を作ったりするそうだが、段々とそういう取り組みが薄れてきてPTAでの「赤飯作り」をやめるような話しも聞こえてきた。

次に長く「米作り」をやっているのが川角小学校・・・・私が取り組みはじめてもう6~7年は経つだろう。

その前には、川角中学校のPTA役員時代の平成11年、12年当時だ。

その時の川中生は、元気すぎる子ども達で・・・

そういう子ども達の「息抜きの授業」として、校長先生にかけあって渋々承諾をいただき・・・

中学3年生の生徒達と米作りだけではなく、畑でニンジン、ジャガイモ、玉ネギも栽培し、秋にはPTA企画として3年生全員でカレーライスを作って「収穫祭」をやったことがいい思い出となっている。

今は、町立の4小学校で田植え教室をやっていただいているが、それもこれも地域の農家の協力があっての賜で、子ども達は幸せだとも思うし、田んぼの提供や指導をいただいている農家の皆さんには感謝するばかりである。

5年前・・・

「4つの小学校の全てで、[米作り教室]をやって、自然や農業を知る[総合的な学習]によって、子ども達の情操面を伸ばしたい」

という思いが、教育部局の理解と地域の皆さんやPTAの協力の下に達成をすることができ、それらの効果は確実に「結果」となって現われていると確信している今日である。

光山小学校の卒業生の晴れの舞台・・

「ほうたんぼ」という地名が、元々光山小学校のある場所であり、自分も中学生の時の天文班で星の写真を撮った思い出深い場所でもある。

その「ほうたんぼ」の地で育った子ども達の成長をしっかりと見て来よう。







朝スープは、キャベツで - 2016.03.23 Wed

昨日、3月定例議会の閉会にあたり、夕方から議会と町執行部との懇親会ならびに3月をもって退職される職員の送別会が開催された。

議員全員の出席を賜り、町側も70人におよぶ盛大な会は、いつもより長い歓談の時間となって、文字通り「春宵一刻値千金」となった。

それも、この3月定例議会で初めてとなる「予算決算常任委員会」による議案審議が順調に進んだ事、議案についても賛成議員が多く、特に一般会計予算においては一人の反対だけという採決に安堵した結果ではないだろうか。

自身の政策・公約は、すべて議員各位から指摘されたものを選択、町民の声として取り組んできており、加えてこの1年間の議会における問題提起なども網羅することを基本としてきた。

一般会計予算の101億4800万円という毛呂山町として過去最大の予算を組むことができたのも、各職員の努力の賜である。

人事案件でも、同意をいただき、新しい体制で平成28年度がスタートするが、「大きく動きのある毛呂山町」に期待できる新年度である。

そんな時に・・・今朝の埼玉新聞には、鶴ヶ島市の副市長人事が記事となっており、驚く。

昨年の4月から就任した高山副市長が今月いっぱいで退任し、新しい副市長を県から招いたようだ。

首長には人事権があり、その首長の頭の中には相当に奥の深い考えがあるもの・・・

それを言葉にすることは難しいものであり、あえて言うことではないだろう。

昨日の人事案件の採決にあたり、ある議員から前職の副町長退任についての経緯を聞かれ、聞かれたことにまず驚いたが・・

前任者もメガトン級に力を持った方・・・必ずや、毛呂山町の発展につながる仕事をしてくれることと確信している。

議会が終っても、年度末の調整が続く今日は、昨夜の余波で頭が重い朝。

新たな農業塾がスタートし、畑に残る昨年からの春キャベツを片付けたので・・・

今朝は、そのキャベツで野菜スープでも作って気合を入れようか。

大地から、春の恵みをいただく。



3月定例議会の最終日 - 2016.03.22 Tue

3月定例議会の最終日となり、予算決算常任委員長から委員会審議の報告を受ける。

真摯に委員長の報告を伺い、平成28年度の町政運営に活かしていきたい。

今回の議会では、上程した29議案の内「毛呂山町議会の議員の議員報酬及び費用弁償等に関する条例等の一部を改正する条例」の1件においては、否決となったが、それ以外の28議案については全て可決決定をいただき、平成28年度がスタートすることとなる。

副町長人事案件も無事に同意をいただき、4月1日から県からの出向で副町長として就任していただくこととなる。


お彼岸らしい日となる - 2016.03.21 Mon

お彼岸の振り替え休日の今日、女子ソフトボールチームの卒団式があり、お招きいただいていたので出席する。

毎年、卒団式に出席しているが・・・

全日本女子ソフトボールチームに所属する毛呂山町出身の森さやか選手が育ったチームで、今年の卒団者は二人だが、下級生の在団者も10名はいるので、なんとか平成28年も試合に出場できる話しに安堵する。

近年の少子化によって、スポーツ少年団もチームの運営が難しくなっており、休部や廃部の話を聞く事も多く・・残念である。

約1時間の卒団式だったが、結びに記念写真を撮って終了となった。

その後、昨日の「彼岸の中日」に伺えなかった前町長のご自宅に向かい、仏壇に飾られている遺影に近況を話しながらお線香をあげさせていただき、その後、一昨年に他界した後輩にもお線香をあげることができた。

帰宅してから、我が家の墓参りをしたが・・・

例年と、なかなかゆっくり墓参りなできずにいたが、今年はいつになく御先祖の皆様にお線香あげることができた。







農業塾 - 2016.03.20 Sun

夜明け前の2時、3時と風の音を聞きながら・・・「ヤバイな」と思う。

昨日、農業塾のハウスのフィルムを張りかけたままだったので、4時まだ暗い中だが、大類館に行く。

思った通り、風にハウスの腰部分のフィルムが煽られており、それらを固定したり、屋根になる部分のフィルムを張る準備をする。

本日、大類館ではスポーツ少年団の卒団式の予約が入っており、農業塾の開校式を行なう場所が無いため、ビニールハウス内での農業塾とするためになんとしてもハウスの屋根部分を張りたかったが・・・・

昨日は、地元の代議士の「新春の集い」の後の反省会が日高市であったため、フィルム張りが途中となった。

風が強かったが、なんとか7時半には屋根部分のフィルムを張ることができ、9時からの「農業塾の開校式」を行なうことができた。

平成28年度の農業塾は、今までで一番多い22名の参加となり、開校式と受講生の紹介の後、さっそく講義となる。

「野菜の物理的特性というものを1年間かけて知っていただければ、必ず上手く野菜が作れますよ」

塾生の真剣な表情が印象的だった。

「まったく同じことを3回続けたら、絶対上手くいかなくなる」

それが自論だが・・・3年を過ぎ、4年目に入った今回の農業塾では「有機栽培」を基本に、できた野菜で漬物を作ったり、そば打ちをしたり、収穫祭やバーベキューなど食文化や6次産業化も視野にいれた農業塾とし、「スローライフ、スローフーズ」を広めたいという考えのものだ。

「里山資本主義」を貴重に、落ち葉を集めて堆肥作りをしたり、ピザ窯も作ることは可能だろう。

自然を活かして、いかに生活を楽しむことができるか・・・

アウトドアでの生活と「食べるものを作る」という農業をマッチングさせた新しい農業塾。

参加していただいた受講生の思いはそれぞれだろうが、できるだけ満足していただける農業塾としたい。



予算決算常任委員会の最終日 - 2016.03.18 Fri

今日、毛呂山町議会では予算決算常任委員会の最終日で、平成28年度の当初予算について採決となる見込み。

間に中学校の卒業式があったが、4日間にわたる慎重な審議をいただいている。

昨日、毛呂山町の区長会の代表となる区長会長が来庁され、「犯罪情報の住民提供等に関する協定」について、区長幹事会を開き、西入間警察署の係りにも同席いただき、早急に「協定締結」を進める話を伺う。

「4月の上旬には、締結式を行ないたい」という話しに安堵する。

「なたね梅雨」の話しから、「油粕」の話しに発展したが・・・

併せて「ドベネックの樽」の話を思い出した。併せて書き込みたい。

ドベネックの樽(要素樽)とは・・・

樽にためられる水の量、すなわち植物の生育量は最も短い側板の長さによって制限されるというわけである。これを「ドベネックの要素樽」と称している。 

この説は植物の収量を増加するには最少養分あるいは制限因子になっているものをみつけ,それを増加することがたいせつであることを理解するのにはよいとしている。

しかしながら、現実に養分や他の生育因子と植物の生育との関係は要素樽から想像されるほど単純ではなく、例えば一つの養分の増加は他の養分や因子の増加や減少をもたらすなどの因子間の相互作用もあって植物生育や収量の増加の問題解決を難しくしている。(ネットより)

この「ドベネックの樽」は、企業やスポーツ界でも例えの話しに使われており・・・


ドベネックの樽は、「リービッヒの最小律」である。

樽(または桶)は、底板があって、周囲に円の形に板を並べてギュッと縛るわけだが、板の長さがまちまちの場合、樽に溜められる水の量は、一番短い板によって決まる。

企業経営やプロジェクト推進にこの話を当てはめると・・・

それぞれの板は、つまりプロジェクトリーダー・企画担当・開発担当・宣伝担当・営業担当・経理担当・情報担当・・・という企業での分野に置き換えることができる。

一つのプロジェクトに対して、役員はビジョンを持ち、スタッフにしっかりした人たちが揃ってはいるものの、残念ながらネット担当者の意識が低いとする。

なるべく仕事量を増やさないように新規案件を阻止しようとそのネット担当者が動けばどうなるか・・・

そのプロジェクトの成果、クオリティはそのネット担当者の怠慢で決まってしまうこととなり、それが「ドベネックの樽」におけるところの短い板であり、満たされる水の量(結果)が増えない。

つまり、プロジェクトは成果の低い結果となることを例えて、企業などでは「ドベネックの樽」の話しを引用しているようだ。

学生時代、農業関係で「ドベネックの樽」を学び、最近になって「ドベネックの樽」のことをネット検索していたら、企業などでも使っていることを知って驚いた。

ネットで見た「ドベネックの樽」については、30年前に学生時代学んだ通りの解説となっており・・・

「30年経過しても、肥料などの必須要素と微量要素」の考え方が変ることがなく、農業技術においては世界各国で相当に早い段階で確立されたことを改めて知ることとなった。







「なたね梅雨」から総活躍社会 - 2016.03.17 Thu

川角中学校の卒業式の祝辞でつかった「三寒四温」を調べてみると・・・


三寒四温とは、冬の間の時期に、3日間の寒い日と、4日間の暖かい日が続き、寒暖が繰り返される現象のことを言う。

この言葉の由来は元々中国の東北部や朝鮮半島の北部に現れる現象で、冬の気候を表すものとして使われていた。

つまり、日本特有の気象ではないことが言える。

そして、冬の寒さは風速に支配されることが大きいため、シベリア高気圧から吹き出す風が7日の周期で強まったり弱まったりする現象を言う。

日本では、シベリア高気圧の他にも、太平洋の高気圧の影響もあるため、冬に日本で三寒四温をはっきり現れることはない。

三寒四温の時期。

時期的には晩秋から初春の気候を指しているが、三寒四温は春先のだんだん暖かくなっていくという言葉をさしているので、今の日本では春先に使うことが定着している。(ネットより)


私の「三寒四温」の使い方が間違いではないが、中国の季節用語と知ることができた。

やはり、日本は大陸の影響を大きく受けており、野菜でもアブラナ科のものはすべて中国大陸からやってきて日本の野菜として帰化した歴史がある。

どんな野菜達かと言うと・・・

白菜、大根、カブ、山東菜、小松菜、京菜、水菜、みぶ菜、からし菜、ノラボウ菜、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、等などで、大根、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワーなどは別だが、それ以外は春に「菜の花」という黄色の綺麗な花を野山に咲かせるアブラナ科の代表選手である。

そして、この菜の花を咲かせた後は、6月頃に「菜種」(なたね)という種になり、その種を搾って「なたね油」を作っていた関係から、昔から我が国は「なたね油によって、人々の生活が支えられていた」と言っても過言ではない重要な作物である。

そして、「なたね梅雨」は、厳しい乾いた冬から、春を迎える前の3月から4月の頃にまとまって降る雨のことで、この雨が降ることによって、冬の乾いた大地が潤い春に菜の花が元気に咲くことができ、その後の種の「結実」が良好となる「願望」を表している季語だろう。

つまり、「なたね梅雨」の時期に雨が多ければ、「菜種」の収量が増えることとなり、当然に「なたね油」の生産量が増えることにつながるわけで・・・

菜種を栽培する農業という第一次産業からはじまり、なたね油の生産工場である第二次産業が盛んになり、なたね油を販売する第三次産業まで潤う「菜種は、日本の総活躍商品」であったと言えるだろう。

そろそろ、野山は菜の花が目立つ頃で、この時期の「なたね梅雨」も多く・・いい按配だ。

明日は、なたね油の副産物「油粕」の話になりそうだ。




「証し」を実感する - 2016.03.16 Wed

昨日の「犯罪情報の住民提供等に関する協定書」の詳細が解った。

昨年の暮れに管轄である西入間警察署から協定書に対する依頼があり、その後、素案の変更等を行なった後に再度西入間警察署から1月下旬に協定に対する申し出があった。

協定では、警察署と町と消防署と区長会の4者で締結するもので、毛呂山町も消防署も準備ができており、残る区長会の日程調整を現在進めている段階。

つまり、毛呂山町は昨日の新聞報道の[未定]ではなく、区長会の調整が済みしだい協定が結ばれるものであった。

現在、日程的には4月の上旬頃だろうか・・・また、その時は報告として書き込みたい。

読売新聞の書き方には、非常に残念な思いであるが、西入間管内の坂戸市、鶴ヶ島市、鳩山町が今月中に締結見込みとなった関係と、毛呂山町が区長会の調整次第という時間差的なところでの記事掲載で、実にタイミングの悪い話しである。

できるだけ早く、「犯罪情報の住民提供等に関する協定書」の締結を進めたい。


昨日の川角中学校の卒業式は、厳粛且つ個性の見える卒業式となった。

祝辞では、春を迎える季語として、三寒四温、立春、菜種梅雨とそれぞれの意味を紹介し、それらが万物にとって待ちに待った「春」と言う季節を喜んでいることを説明する。

次に、「どんな時も謙虚であれ」、「どんな時も批判や憎む心を持つな」、「どんな時も夢を持ち続けてほしい」という3つの事について話した。

そして、川角中学校のPTA広報紙にある「葦の角」(あしのつの)について説明をする。

この「葦の角」という広報紙の題は、自分が川角中学校の学生の頃・・つまり今から43年前になるが、その時の大岡校長先生の言葉から付けられたものだ。

「人間は考える葦である」というのはバスカルの言葉で・・・

葦は風(自然や社会の猛威)に対して、それは押し潰されそうになる弱い存在でしかないが、何かを知ろうとすることができる存在でもあって、そこに人間の尊厳があるとパスカルは説いている。

強そうに見える大木は、やみくもに風に抵抗して倒れることもあるけど、葦は風に押し潰されそうになっても折れることはない。

嵐の去った後に、大木は倒れてしまったけど、すぐそばの葦は大風に柔らかな身をしならせ折れることもなく、ましてや水面には新しい葦が芽を突き出している。その芽が角で、角は子ども達である。

その情景をたとえたのが[葦の角]で、新しい息吹であり、どんな困難にも立ち向かえる子ども達だ。

[葦の角]の由来は、実に意味深く、子ども達を思う言葉だが・・・

そのことを知っている人は本当に少ないだろうし、卒業生にはどんな時にも柔軟に立ち向かえる大人となっていただきたく、祝辞の後半では[葦の角]の話しを紹介することとした。

祝辞を述べる前、後ろに座っているPTA会長に「今も、PTA広報紙は葦の角だよね?」と聞くと「はい、葦の角です」と聞いて安心したが、実は、平成12年当時・・・

自分が川角中学校のPTA会長の時、その時の広報委員から「葦の角の題名を変えようと思うのですが・・」と相談を受けたことがあり、[葦の角]と題が付けられた大岡校長先生の思いを説明して、広報委員の皆さんにそのまま[葦の角]で続けることを了解していただいたことがあったからだ。

卒業生に話したいことは、山ほどあるが・・・

3年前の「新幹線を掃除して下車した」話しの頃に川角中学校に入学した今年の卒業生は、先輩から「当たり前のことが当たり前にできる川角中学校生」というレールを創っていただいた生徒達で、「どうか在校生もそのレールをしっかりと受け継いで欲しい」という言葉も添えることとした。

川角中学校の素晴らしい卒業式から戻ると、教育長が来て・・・

「川中の卒業生107名、欠席が無かったとか、よかったですね。毛呂中も厳粛で本当に良かったです。本当に生徒達が変わりましたね!」と、嬉しい報告を受ける。

一生懸命に子ども達の環境を整えてきた「証し」を実感した。






中学校の卒業式 - 2016.03.15 Tue

今朝の読売新聞の埼玉[県西版]の記事に目が丸くなった。

市町村と協力 住民に防犯情報  熊谷6人殺害 半年  県警が取り組みを強化

という見出しの記事だが、その中の[ズームアイ]という項に[締結済み]、[締結予定]、[未定]という協定状況に我が[毛呂山町]が未定の分類となっている。

県警が取り組み・・・とあるが、この地域は坂戸市にある西入間警察署の管轄であり、こういう県警の取り組みについては管轄する西入間警察署からの働きかけなどがあって、管内の市町村が足並みを揃えて協力して取り組むものだから、どういうことで今朝のような記事となったのかがわからない。

現に、昨年の暮れだったか・・

川島町で強盗事件が発生し、警察からの協力依頼を受け、防災行政無線によって町民に周知するために協力的に放送してきたが、それも警察と連携する一連の「防犯情報」への協力である。

問題の「防犯情報についての協定」だが・・・

町においての担当課は生活環境課であって、この協定についてどのように西入間警察署、あるいは県警から「協定の締結」依頼などが来ているのかを早急に調べることとしたい。

平成20年頃にも、朝日新聞に市町村別の「学校耐震化の達成率」が掲載され、毛呂山町が最下位でビックリしたことがあった。

また、空家率についても、毛呂山町はワースト順位が上であり、そのような記事の掲載によって議会でも取り上げられるのは勿論だが、行政としての取り組みも加速するのは事実である。

自分も議員時代に「学校施設の耐震化」を取り上げ、町長選挙では「学校施設の耐震化を急ぎます」を政策・公約に入れ、埼玉県内でも遅れていた耐震化を終了することができた。

空家についても、この3月定例議会での一般質問で取り上げている議員がおり、シルバー人材センターによる管理、埼玉りそな銀行や埼玉縣信用金庫との「空家対策に対して金融協定」を結んでの空家対策強化を図っていく方針を答弁したところだ。

今回の、新聞報道に対して、早急に対処し「安全・安心な町づくり」を急ぐことは当然だが・・・

まずは、西入間警察署に、協定についての足並みの違いなど詳細を聞く必要もあるだろう。


今日は、町立2中学校の卒業式。

昨日の雨がすっかりとあがり、すばらしい子ども達の巣立ちを演出してくれた。

いい卒業式となりそうだ。


高校進学でも上昇気流 - 2016.03.14 Mon

嬉しい報告や発表があった。

まず、昨日の埼玉新聞には、「県体育賞表彰者」の発表があり、毛呂山町の方々が受賞した。

会長特別賞・・・梅原孝之(瀬戸大也選手のコーチ)、瀬戸大也

功労賞[競技団体、学校体育団体等]・・・鷲頭孝徳(町体協副会長)

優秀選手賞[国際大会優勝者]瀬戸大也(早大)、[全国大会優勝者]佐藤駿平(毛呂山中)、[全国大会3位入賞]本庄智貴

これからの更なる活躍を期待し、「スポーツ健康都市宣言の町」の町としても頑張りたい。

もう一つは、毛呂山町立2中学校の3年生の国・県・市立および私立高校入試の結果が発表となり、例年以上に進学校のレベルが上がったようで・・・

進学状況の結果を知らせに来てくれた教育長とともに、喜ぶこととなる。

明日の3月15日は、毛呂山中学校と川角中学校それぞれが卒業式で、来賓祝辞を述べるが・・・

卒業生は、夢も希望も大きく・・・万感な思いで巣立ってくれることだろう。

毛呂山町議会は、本日から4日間に亘り予算・決算常任委員会に付託となった議案審議がスタートする。

傍聴もできる委員会であり、さっそく「傍聴したい」という男性が訪れ、議会事務局で手続きをされ、初めての予算・決算常任委員会で、初めての傍聴者と、初めてづくしの委員会審議の幕開けとなった。

午後、水道課長が決裁に来て・・・

「水道メーターの検針をしている契約業者と町とで、水道メーターの検針時に住民の安否など異常を感じた時、すぐに福祉関係に連絡してもらう協定を結んでいいか」と確認を受ける。

「勿論。すぐに進めたほうがいい」と話し、平成28年度の年度当初から、スタートできるように協定を結ぶ段取りとなる。










なだそうそう・・に涙 - 2016.03.13 Sun

西戸耕地の「掘りさらい」の朝。

毛呂山町でも22ヘクタール以上と、大きな水田用の耕地を有する西戸耕地において、地権者が集って今年の水稲作付け前の共同作業「用水路の清掃」が行われた。

朝8時に集合し、耕地の一番上の用水路堰(せき)近くからと、耕地の一番下からの2班に分かれて用水路の砂利などを取り払う「掘りさらい」は、毎年この時期に総勢60名ほどの地権者や耕作者によって行う作業で2時間程度を要する。

自分も、朝8時から角スコップを持って掘りさらいに参加し、10時からの「春の流鏑馬祭り」に出席するため、9時には掘りさらいを息子とバトンタッチする。

9時40分には出雲伊波比神社に着き、10時からの「春の流鏑馬祭り」に出席、祭礼行事で玉串を奉納し、なおらいの席では宮司に「春の流鏑馬」の歴史と由来に関して書き表したものをいただく。

今回、宮司の配慮で「春の流鏑馬」を詳しく知ることができた。(後に書き込みたい)

流鏑馬祭りを行なう出雲伊波比神社の隣にあるウィズもろやま(福祉会館)では、文化フェスティバルが開催されており、「春の流鏑馬祭り」のなおらい後に、そのまま歩いて文化フェスティバルでの唄や踊りを観る。

午前の部が終了した後、中央公民館で開催されている「第22回フォトフレンド毛呂山写真展」に向かい、素晴らしい写真の数々を観ることができたが、毎回の写真展でも今回の力作には立ち止まり唸るような作品もあって感動をいただく。

文化フェスティバルの午後の部。

華道、書道、絵画、彫刻、押し花などの展覧と、ホールでは舞踊、唄の発表があり、1時30分過ぎには式典として挨拶をさせていただく。

舞踊を観ていると、すべて女性で・・・

自分も昨年は、「直実節」を覚えて踊ったことから、せっかくの文化フェスティバルであり、ご指名いただければ披露することもできたが・・・

あいにくオファーもなく、少し残念な思いを挨拶に交えることとした。

夕方・・・

自分は、茨城県にある鯉渕学園で農業改良普及員を目指して農業を学んだが、鯉渕学園時代の同期生が東松山市に住んでいて、今月5日亡くなり、私の妻も同期生同士なので揃ってお通夜に行った。

亡くなった同期生は、とても優秀な女性で、埼玉県の生活改良普及員となり、川越、熊谷、東松山、そして毛呂山地区を管轄する飯能農業改良普及所にも配属され、農家の生活向上に活躍された。

ご主人も、農業改良普及員で、しばらく鶴ヶ島市にあった「農業大学校」の講師もされ、県内各地の普及所で活躍されていたお似合いのご夫婦。

およそ500人を超えるであろう弔問者の多さは、お二人の親交の厚さであり、式が始まる前に流れる曲の「なだそうそう」は、亡くなった彼女が「自分の葬儀の時は流して欲しい」と言った曲と告げられた。

あまりにも早い別れを惜しむ会場の咽び声に涙となる。

茨城県からも同期の仲間が来て、お通夜の後は「同期の不幸で再会するのは残念だな」と言いつつ・・・

食事をしながら久しぶりの懐かしい話しと、同期の学園生の早い別れを惜しんだ。

樹齢50年以上 - 2016.03.12 Sat

毛呂山町の第一団地内にある防災公園の大きな桜が老木となって、危険な状態だと管財課から報告を受けたのが昨年の夏頃か・・

昔から、毛呂山町ではロータリーと言えば、誰もが判る前久保南地区のラウンド交差点だが・・・

そのロータリーのすぐ脇に樹齢50年以上のソメイヨシノがあって、幹の一部は腐っており、加えて枝が四方に張っている関係からそのままにしていると危ないという樹木医からの診断結果である。

「できれば切りたくないね。なんとかならないのかな?」と、管財課長とも話してきたが、ウィズもろやま(福祉会館)にも、老木となって危ない桜の木があり、どちらも検討した結果・・

「もしも、倒れて重大な事故となった場合を考えて・・・」と、そういう危険木を住民の皆さんにご理解いただき、新しい桜の苗木を植えたのちに時期をみて老木を伐採することとなった。

昨日は、その新しい桜の苗木を植える「植樹祭」で、第一団地の区長さんから「是非、来ていただきたい」とお招きいただいたこともあり、植樹祭に出席をする。

午前10時前には、植樹場所に到着して、集った第一団地の30名におよぶ皆さんと植樹をして記念写真を撮る事ができた。

そもそも、この桜はロータリーに面したお店で、おにぎりなどを販売しているご主人が50年前に小学校を卒業したときにもらった卒業記念の木だそうで、桜を切ることとなった時も、その店に行ってご主人とその当時の話しなども聞くことができた。

第一団地も開発から50年以上が経過し、その当時の「長瀬銀座商店街」の賑わいはなくなり、高齢化の波が顕著な地区・・・

そんな時のシンボル的な桜の伐採に、桜を植えたご主人の思いは計り知れないものを感じた日となる。

新しく植えられた桜の木が、早く育って・・・

地域のシンボルになってくれることを願うばかりだ。



5回目の、3月11日午後2時46分 - 2016.03.11 Fri

あれから5年、5回目の3月11日となり、今日の午後2時46分には黙祷を捧げる。

今朝の新聞には、東日本大震災から5年の歳月が経過し、家族を失った方々、非難の状況の皆さんの「今」を報じている。

復興も、まだまだ遅れており、支援の形は時間の経過によって薄れていく昨今だが・・・

「復興支援プロジェクト委員会」を設置し、被災地支援を続けている毛呂山町では、更に皆さまの暖かい心を形に変えて、被災地支援を続けていくこととなっている。

今日という日を「復興支援の日」として、被災地に対して心新たにあらゆる支援を考えてみたい。


三寒四温で・・・雨の日が多くなってきて、「菜種梅雨」の季節である。

野原は、日に日に草で青く覆われてきた。

春の畑仕事や田んぼの準備で、気持ち的に忙しくなる頃である。

いつも、3月3日に植えつけていた「ジャガイモ」だが、昨日の朝仕事でやっと種芋を切って用意ができた。

1週間ほど遅れてしまったが、今後の気候と管理でなんとかなるもの・・・後は「神頼み」もある。

品種は「きたあかり」とし、いつもはL玉を注文するが、今年は種芋産地の北海道の生育が悪かったのか、L玉が無く、M玉となった。

M玉の種芋だと、種芋を真ん中から二つにカットするくらいがちょうどいいので、仕事は早いが種芋の個数とすると少なくなってしまう。

大きなL玉のジャガイモなら、3つに切れるが、「どう切るか?」とジャガイモの芽の出る部分を確認しながらだから・・・

種芋切りに時間を要することとなるが、座り込んでジャガイモの種芋切りの仕事はのんびりとした昔ながらのいい仕事である。

昨日は、公務が終ってから、瀬戸大也選手の「リオ五輪瀬戸大也選手支援会」の第二回役員会議が夕方6時から中央公民館で開催された。

議題は、支援会への会員入会方法であったり、今後の進め方、そして大きなメイン事業となる4月24日の「壮行会」での内容などで、役員皆さまからの承認をいただくこととなる。

役員会の最後のその他では、「瀬戸大也選手を応援する会」の高橋会長より、瀬戸大也選手の近況が話されたが・・・

一時マスコミで、瀬戸大也選手が「体調不良」などと報じられたが、その問題もなく都内のプールで自分を追い込んで練習をしているとのこと、4月中に大きな大会が二つあり、それには「応援する会」から何人か応援に行くとのことだ。

照準は、オリンピックであり、是非、体調を万全に整えていただき、夢を叶えていただきたいと思う。

春近く・・・心躍る季節である。




風邪にもめげず - 2016.03.10 Thu

鼻水が止まらず、喉も痛く、どうやら風邪をひいた。

昨日の嫌な予感は風邪のようで・・・終日とティッシュが手放せない日となる。

motherさんから、家庭の関係から満足に食事を摂れない子どもの現状に対する指摘をいただいたが、大変にデリケートなことなので・・・詳細については書き込めないが、ご理解をいただきたい。

確かに、経済的な関係もあるが、それだけでなく経済的に問題ないにしても食生活の乱れは大なり小なりあるもので、時代の移り変わりによってその割合が増えている傾向を感じている。

町や教育部局でしっかりと対応していきたい。


町では、3月定例議会の一般質問が終わり、昨日から予算決算常任委員会に付託となった議案審議がスタートした。

初日は、委員会開会のあと、14名の議員さんが平成28年度に予算化した案件などを主に、「現地調査」として施設などを視て戴き、午後と明日一日は、それぞれの議員さんによる調査日に充てられている。

午前10時、毛呂病院「光の家」が新しく手がける「総合地域支援センター ワンダーハウス」の開所式に招かれており、出席し、開所にあたるテープカットをさせていただく。

この施設は、健常者は勿論だが障害を持った子ども達のデイケアを含めた「通所型の就労支援事業」の核となる考え方で進められ、町内小田谷地区にあった民間保育園施設の跡地を有効活用する施設。

毛呂病院・光の家が出資してリフォームし、平成28年度の事業開始を前に開所となったものだ。

とても以前の保育園跡地という面影はなく、細かいところにも配慮されたリフォームの状況は、その利便性が発揮されることが予想され・・・開所式のあとの内覧の時間は、係員の説明にどこを見ても頷ける一時となった。

午後、町内はもとより近隣市町も含めた引きこもりの家庭などを援助する組織の方々が来庁され、今までの組織をNPOとしての法人を取得し、「大類地区の農場を核として新しくスタートする」という報告を受けた。

過去からの組織運営を元に、引きこもりなど障がいのある方々の社会復帰を目的とし、農業を基軸として農産物の生産・販売から、将来的には今流行の「農カフェ」も視野に入れた事業展開の話を聞き、町としても支援させていただくことを話した。

民間によるところの福祉への「ハード的な施設」であったり、「ソフト的な事業展開」に、「医療と福祉の町 もろやま」とする毛呂山町行政を代表して感謝申し上げたい。

その後、NPO法人連合寿会の会長、寿会の囲碁・将棋愛好会の組織役員、消防署執行部と会談や会議が続き、年度末の忙しい午後となる。

夕方、ゴミ箱のティッシュが多く、帰宅してから風邪薬を買う。















残念な朝 - 2016.03.09 Wed

今日は、あまりいい日ではないのかな?と思う。

朝一番に新聞を広げ、思わず「えー」と声が出た。

毛呂山町で、オレオレ詐欺があり、72歳の女性が700万円もの大金を盗られてしまった。

毛呂山町は、この手の「オレオレ詐欺」の被害が少ない町だったが、改めて注意喚起をしていきたい。

朝早くから、そんな残念な書き込みをしていると、いきなり全てがパッと消えてしまい、ガッカリしながら・・・また、最初から書きはじめると、同じように文章が消えてしまったので、今朝は書き込みをやめた。

カレンダーを見ると「友引」であり、嫌な予感がする日となりそうだ。

幻の保育園 - 2016.03.08 Tue

国会前で安保法制の時とはまったく違う・・・子どもをベビーカーに乗せた若いお母さん方が集っての抗議行動があった。

「日本死ね  書いたの誰だ?  #保育園落ちたの私だ !国会前スタンディング」

絶望の不思議な連鎖   国会前での"穏やかな"アピール活動・・・(ネットでの見出し)

として、ネットでも、今朝の新聞でも、国会前での「待機児童をなくすための保育園整備」の抗議行動が取り上げられた。

そもそも、この発端は・・・

「保育園落ちた日本死ね」と題した匿名ブログが、マスメディアとソーシャルメディアの間で広がり、同じように保育園に子どもを入れることができなかった家庭が共鳴して、ついに・・・・国会にたどり着いたものだ。

このブログについては国会でも取り上げられ、安倍首相は「匿名なので起こっていることを確認しようがない」と述べたことや・・・

その国会での議論の最中に「誰が書いたんだよ」などと、無神経な野次が飛んだことに対してtwitterやネットでの書き込みがさらに炎上することとなった。

「匿名だから起こっているかわからない」という安倍首相の答弁に、「保育園に落ちたのは自分だと、声をあげよう」という呼びかけもあって「#保育園落ちたの私だ」というハッシュタグにも発展し、「保育園落ちたの私だ」のプラカードを持って国会前に集る話となったようだ。

ネットで調べると、既に4日(金)の夕刻に一度行われており、5日(土)の午後1時過ぎと、30~40名ほどの抗議行動であり、SNSによって非常に短い時間で人びとに広がり、同じ境遇のお母さん方が集まったが・・・

その若者の、不思議で現代的な現象と併せて、安倍首相の「匿名なので起こっていることを確認しようがない」という発言に、マスメディアが敏感に反応していることが伺える。

毛呂山町でも、平成23年度に進めた「新保育園建設」においてテレビ局で取り上げられ、平成24年度のゴールデンウィークを前後とする若草保育園存続への署名活動では、テレビでの放映もあったことから8,000名におよぶものとなった。

私も、私の子ども達二人もお世話になった若草保育園だから、それはそれは淋しい限りだったが・・・

東日本大震災の後、耐震化への対応がまったくできていない若草保育園と上町保育園、そして少子化となっている関係から、2園を建て替える費用やその後の運営そのものについても「民間に移行する時代」という考え方から、断腸の思いで2園を統合して町の中心地区に「新しい保育園1園を建設」という判断となった。

「東部地区に保育園がなくなる」という現実・・

平成13年には、現在の東公民館の東側に「旭台保育園」と「若草保育園」の2園を統合し、120人規模の新保育園建設を進めていた町執行部に対して、その計画そのものを白紙にさせた事実がある。

平成13年の議会会議録にも、その問答が残されているが・・・・

あの時、東公民館の隣に広くて新しい保育園ができていれば、東部地区の保育園として誰もが喜んだであろうし、現在完了した東部エリアの企業進出により、若いお母さん方が働く場が創出され、その近くでの保育園ということもあり、「安全・安心」は当然のこと、保育園としての利便性は大きく発揮できただろう。

光山小学校、川角中学校、学童保育所、保健センター、東公民館、デイサービスセンターと・・・

行政施設や子ども達の教育施設が集る好立地での「幻の保育園建設」。

この計画を知る人は少なく、今となっては過去の負の歴史であり・・・15年前のことであったとしても、本当に残念でならない。

昨年から、町内の民間の保育園が6年計画で閉園することとなり、子ども達の受け入れを町立2園と民間の4園で進めているが、お陰さまで待機児童問題もなく・・・

それ事態が、本当に残念な毛呂山町の現状であり、できるだけ早く出生率が上がる町として・・・「新しい保育園建設を考えられるようにしなくては・・」と、思うばかりだ。



ちょこたび酒蔵めぐり - 2016.03.06 Sun

motherさんからの農業と食糧に対するコメント・・・

まったくその通りと同感している一人であり、食糧危機から餓死におよぶような国々が未だにあることに心の痛い思いである。

また、もろ丸くんの関係にもご指摘いただき、これからのもろ丸くんの活動に活かしていきたいが・・・

実は、昨年から密かに進めていることがあり、そのストーリーは明かすことができず・・・乞うご期待あれ。


今朝の埼玉新聞の社会面には、昨日の県主催による「ちょこたび酒蔵めぐり」が記事となって紹介された。

心配していた雨予報も、まったく心配ない春の暖かい日となったが・・先日の2月14日の後援会日帰りツアーでも「春の嵐」という予報が外れ、暖かい日となり、最近よく当たる天気予報もいい方に外れてくれて・・・

今年は、今のところ「晴れ男」である。

今回の「ちょこたび酒蔵めぐり」は日高市、毛呂山町、越生町で、毛呂山町は「琵琶のさざなみ」などの製造で有名な麻原酒造であり、「ピザで協力してほしい」という依頼を受け、自分も関係する仲間と出店することとなった。

特にピザ窯は我が家で製作し、1トンもあって重いことと、運ぶ2トンダンプも我が農場のもの・・・

ピザ窯を移動するのに慎重に運ぶ関係から、その運搬作業などは自分の責任として行なっており、県の観光事業もよく見たいこともあって最後まで仲間とピザをやることとした。

昨年は、川越地区で5000人の来場者があったようだが、その前評判に近いくらいに多くの日本酒好きが来場され、終日と賑やかな麻原酒造となる。

ピザも相変わらずの人気で・・・

「時間的に100枚くらいか・・」という予想通りとなり、用意した材料も終了する午後3時にピッタリなくなってピザ部門を無事に終えることができた。

訪れた方々が興味深く話すことは、2トンダンプに載せられた「ピザ窯」のことで・・・

「どうしてここにピザ窯があるの?」とか、「誰のものですか?」や「日頃は、どこでピザを焼いているお店ですか?」と質問が多く、イベント用として考案した「移動式本格ピザ窯」の説明に終日と追われることとなった。

町内の皆さんとも、お酒を呑む時間ができて、久しぶりに多くの皆さんと町づくりの話しとなる。

自然界と仲良く - 2016.03.05 Sat

「3日間で・・」という予定通り、大型ハウスのフィルムの張替えが昨日の夕方暗くなる頃に完了した。

2年前の2月14日の大雪の時には・・・

この大型ハウスの柱を引っ張り合って強度を保っているブレスという金具が、60cmにおよぶ積雪の重みで真ん中の棟から切れ始めた。

慌てて、ホイルローダーというショベルをハウス内に入れ、そのバケット部分に息子を乗せて上げながらフィルムをカッターで切り裂き、ハウスの上には妻と研修生が上がり雪をハウス内に落とした。

朝方の4時くらいから始めた大雪を落とす作業は、明るくなる頃に終り、その頃に雪が霙(みぞれ)交じりとなったが・・・

朝方の霙の頃、ハウスの倒壊となり、被害が拡大した農家がほとんどだったから、夜を徹してフィルムを切り裂いて雪を落としたことが大型ハウスを潰さないで済んだことに繫がったのだろう。

今回は、その時に切り裂かなくても済んだ棟のフィルムの張替えだが・・・

連棟ものの大型ハウスでは雪の重みは真ん中の棟に重さの圧力が集中してしまうから、2年前のような大雪となった場合、連棟ハウスにおいては、真ん中の棟の雪を取り除くだけで倒壊を防ぐことができる。

野菜を栽培するための俗にいうビニールハウスは高価で・・・坪当たり5万円~7万円だろうか。

つまり、1反という畑に大型ハウスを作ると・・安くて1,500万円、フィルムなど多年張りのものにすると2,000万円は超えることとなるから雪などで潰すとその被害は相当なものとなる。

*1反(いったん)は300坪であり、1,000㎡と同じで、33m×30mでおよそ1反の面積。

あの2年前の大雪で、我が家も苺の大型ハウスとパイプハウス1棟、作業用鉄骨ハウスを潰して、相当な被害を被ったが・・・

自然界に対抗して、人間はあらゆる知恵を使って今まできたが、そんな浅知恵を笑うか如くの未知の破壊力を持った自然界だ。

対抗するのではなく、自然界と仲良くできる農業・・・

それが、これからの農業に一番必要な考え方だろう。

今日は、午後からいよいよ越生町で開催される「全国女性梅サミット」で、招待されている関係から出席させていただく。

明日は、今朝の新聞の記事となっていた「埼玉の酒蔵巡り」で、毛呂山町の麻原酒造さんも開催会場となっている関係から応援に行く予定だ。

もろ丸くんの関係も含めて、毛呂山町を盛り上げたい。







春宵一刻値千金 - 2016.03.04 Fri

春が近づき、だいぶ日が伸びて・・・

夕方などは6時過ぎまで仕事ができるようになってきたし、朝も6時前には仕事が始められるくらいに明るくなるのが早くなった。

我が家の大型ハウスがフィルムを張り替える時期が来た。

ビニールハウスは、昔は塩化ビニール系のフィルムを張っていたが・・・

ダイオキシン問題が起こってからは張るフイルムがほとんどポリ系の素材となり、一度張ると6年から7年は張り替えなくても透明度と強度が保たれているので、こういうところにも化学の進化を感じることができる。

我が家の大型ハウスは、奥行き51メートルで1棟8m幅の3連棟、張り替える1枚のフィルムは折り畳んであるが重いもので60キロぐらいある。

それを担いでハウスの上に上がり、ハウスの中央付近まで運んでから、ツヅラ折りに畳んであるフィルムを伸ばして特殊な金具でハウスにフィルムを固定していく。

産業まつりで60キログラムの俵担ぎをやってきたが・・・担ぐコツを身につけていることと、やらなきゃならない底力はまだまだ健在だと確認できた2日間となる。

夕方5時過ぎ、役場の公務が終ってから急いで自宅に戻り、着替えて地下足袋に履き替え、農場を継いで5年目となる息子や息子の嫁も一緒に大型ハウスに上がっての作業。

暗くなる1時間くらいしかできないが、3日前の夜のこと・・・

大風が昼から夜まで吹いた時、一度寝てから風の音を聞き、もう一度起きだして事務所にいる妻に告げた。

「大風が吹いて、今も風が残っているけど、このあと3日くらいは風が吹かなくなるから、明日の夕方から大型ハウスのフィルムを張り替えるよ」

昔からの杵柄で・・・

自然や気候の変化が判るようなっているから、風が強く吹いたあとの3日間は風がおさまるのが常、3日もあれば夕方の暗くなる1時間づつでもフィルムの張替えができる。

一昨日と昨日で、大きな部分のフィルムの張替えが終わり、残りは入り口上と奥ツマの上だけとなったので3日めの今日には完了する見込みとなった。

天候も風も、予想通りに落ち着いていてくれて、当たり仕事となったが・・・

息子も息子の嫁も大型ハウスの張り替えを体験して、次の7年後は私が手伝わなくても自分達でできるだろう。

今朝も明るくなってきたので、フィルム張りでの細かい残務的な作業をはじめることとする。

今日は、3月定例議会が休会となっており、役場では総務課の関係する会議となる・・・その前の朝作り仕事だ。

穏やかな朝に感謝。

*春宵一刻値千金・・・・春の宵は、気候も良くなり、ウトウトと眠くもなるが、そんな宵の一時を大事に使えば、大きな成果となる。







年齢不詳の恩師 - 2016.03.03 Thu

3月3日の今日は、ひな祭りである。


いつものように・・・朝、新聞に目を通していると・・・・

埼玉新聞の「小川、東秩父、東松山、ときがわ」版に、良く知っている顔がある。

毛呂山町の葛貫に住んでいる西川先生だ。

新聞には、地球環境科学部主催の「地球環境科学写真賞」に、県立小川高校の生徒9人の作品が入賞し、話題となっている記事が掲載され、「同校の地学担当の西川正巳先生の薦めで生徒達が写真展に挑戦した」とある。

カラー版で、紙面の右上に大きく紹介された西川先生と賞状を持った4人の生徒達の嬉しい顔が受賞の喜びを表していた。

そして、西川正巳先生は私の恩師でもある。

私が川角中学校の2年生の時に新任教師として着任し、理科の教科を担当しており、その翌年の3年生の時は3年A組の担任となった。

今も、5年ごとに開催している「おっぺ会」という私達の同窓会には、必ず来賓として顔を出してくれる年齢不詳の先生。

「年齢不詳」とは、私達が中学生の時に見た西川先生と現在の西川先生との変化がまったくないからだが・・

人生を楽しんでおり、多趣味で、その中の「写真愛好家」という一面は誰もが知っている事実で、いくつものコンクールで入賞している腕前である。

平成23年の正月に西川先生から戴いた年賀状・・・・

「桂木観音から見た東京スカイツリーと日の出」の写真は、西川先生本人が写したものだが、その写真を見た瞬間に「これだっ」と感じた。

町の町長選挙に名乗りをして間もない頃、「どういうリーフレットを作ろうか」と思案していた矢先・・・

西川先生からの年賀状、「桂木観音から見た東京スカイツリーと日の出」が、将来に向う毛呂山町を表現しており、「なんとしてもこの写真を使いたい」という思いになった。

すぐに西川先生に電話をして「先生、あの年賀状の写真を貸していただけないかなぁ」と聞くと・・・

その主旨を聞いた後に「それなら、井上さん自分で撮った方がいいよ。だって井上さん写真やってたでしょ」という答えが返ってきた。

自分が中学の頃、部活動は野球部だったが、文化部にも掛け持ちで活動することができ、科学部天文班に所属した。

その時の文化部担当教師が西川先生で・・

科学部天文班は、星の写真を撮る関係から、その当時中学生では贅沢なアサヒペンタックスSPという一眼レフのカメラを親に買ってもらい、私が「カメラ小僧」だったことを知っていての言葉である。

「私も、一緒に桂木に行くから、写真を撮る前の夜には電話ください」という電話でのやり取りをして数日後・・・

北風の強い1月16日の夜、西川先生に電話をして「北風で、空気が澄んでいるから、明日の朝、桂木に6時前には行きます」と伝えた。

西川先生と一緒に撮影した1月17日早朝の「桂木観音から見た東京スカイツリーと日の出」の写真は、平成23年に行われた町長選挙時の私が稲束を持った二つ折りのリーフレットの見開きに大きく置き、その夜明けの空の部分に自分の思いのコメントを書き添えることとした。

夜明けの光がまだ届いていない桂木観音から見た町の麓の暗い部分には、思いを込めた6つの政策を掲げたが・・・

そのリーフレットを見た多くの方々から、大変高い評価を戴き、中にはわざわざ電話をしてきて「今までの選挙で見たことのない斬新なもので・・驚いたよ」と応援の言葉を戴くことにもなった。

恩師は導く人であり、西川先生は今の自分を導いてくれた人でもある。

まだまだ現役の地学の教師として・・・

生徒達を輝かせる方向に導いている西川正巳先生・・・、今朝の記事を嬉しく読むこととなった。

昨年の町長選挙では・・・

平山地区の田中さんが撮った「桂木観音から見た夜景と月」という写真と出会い、その素晴らしさに感動し、選挙公報で紹介することとしたが、またお許しをいただき・・・多くの方々に観ていただきたいと思っている「心に響く写真」の一つだ。

先日の2月31日の日曜日には、町と観光協会の写真コンクールの表彰式が中央公民館で行なわれたが・・・

入選作品を何度も観させていただき、写真に込められた一瞬の思いを感じる一時となる。

*現在、毛呂山町役場1階のロビーでは、写真コンクールにおいて入選した作品が展示されており、是非多くの皆さまに観ていただきたく、お知らせとする。

カロリーダイエット - 2016.03.02 Wed

昨夜、早く寝て、目が覚めたのが0時過ぎで・・・

その後、眠れなくなったので3時前に起きだしてブログを書きこもうとしたら、[サーバーメンテナンス中・・・]の表示。

珍しくブログの書き込みができない朝となった。


昨年の12月から、年明けの1月、2月と呑む会が多く、体重が増えてしまった。

太った時に一番困るのが、ワイシャツの首回りで・・・一番上のボタンをすることができないから、ネクタイを絞めたときがカッコ悪い。

この3月は「減量するぞ・・」と、ネットで色々と調べてみると、現在の体重や身長、年齢と性別などを入力して、落としたいキロ数[1カ月で3キログラム」とすると・・・

1日の摂取カロリー[2050キロカロリー]、が表示された。

なるほど・・・

1日、3回の食事で合計2050キロカロリーを1カ月間続ければ、現在の体重から3キログラム落とせるということだ。

ということで、お昼は低カロリーの弁当のメニューを見て、[322キロカロリー]という弁当を頼むこととした。

通常に注文している弁当が[500キロカロリー]前後で、いつも食べている出前の「もりそば」が300キロカロリー前後だったり、ネットで調べると、すべての食材や一人前の料理などのカロリーを知ることができて、面白くなってきた。

普通のお茶碗1杯のご飯なら「150キロカロリー]で、やはり天婦羅などは結構な高カロリーである。

つまり、これから「カロリーダイエット」に挑むことを宣言したようなものだが・・・

夕方になって、親しい先輩と会うこととなり、久しぶりに嬉しい二人の飲み会となったお店が鰻屋さんで、鮪の山かけ、カキのみそ焼き、鰻の胆焼き、ウ巻きをつまみにして、ビールから始まり、焼酎のお湯割りで・・・盛り上がった。

8時前、母に鰻の弁当を作ってもらって帰宅したが・・・

お昼の低カロリー弁当の[322キロカロリー]としたカロリーダイエットは、どこ吹く風のようなひと時となる。

昨夜のメニューのカロリー表示が解れば、計算してみたいが・・・、先が長く、いくつものハードルが待ち構えている「カロリーダイエット」だろう。

「何を見ても、すぐにその食事のカロリーが解る」。

それが、カロリーダイエットを成功させるコツだとも聞いたが・・・・

さっそく、本屋さんで「カロリー表」が付いているダイエット本を買うことを考えている。






どこでも通じる「ぼっとして・・」 - 2016.03.01 Tue

motherさんから、ご丁寧なメールをいただき感謝しながら・・・

今度は、お会いして町づくりの話しなどをしたいものだと思う。

早いもので、3月の声を聞く日となった。

今日から、毛呂山町3月定例議会が開会となるが・・・県内の23町村でも、今日からの議会開会が多いようだ。

昨日は、埼玉県町村会の県内視察があり、会場はアド街で放送後に盛り上っている「越生町」で、越生町の中央公民館に集り、梅農家の嫁である山口由美さんの体験談をはじめとして越生町の特産加工研究所の運営などが紹介された。

山口由美さんとは、フェイスブックでつながっていたが、会って色々話しをするのは始めてであり、お互いに嬉しい時間となったり、夜のフェイスブックでも他のFB仲間も加わってさらなる交流ができた。

講演の後は、越生梅林と梅林近くの佐藤酒造に寄ってから意見交換会の席となる。

宴も進み、手打ちとなる頃・・・

東秩父村の足立村長が私の前で話しをしていて「ぼっとして・・」と話すものだから、「えっ、ぼっとしてっていうんですか?」ということから、集っている町長皆さんに「ぼっとしてと言います?」と聞いてみると、県内のどこの町長も「ぼっとしては使うよ」と頷いた。

毛呂山町や越生町近辺の方言とばかり思っていたから、驚いたり、笑ったりで・・・

「じゃあ、つっぺぇった」や「おっぺす」は?と聞くと、やはり皆さん知っていて、その言葉を普通に使っているとのこと。

宴の終わりとなる時に、方言で盛り上り、手打ちの打ち方では・・・

「3・3・1にもう一つ付け加えるのが秩父締め」とか、「最後に1本というのは間違いで、1本は江戸締めの3本のうちの1本を意味していて、この辺りは1本と言わず、最後に1発で・・というのが正解だ」とか、話しの尽きない町村会となった。

今年の町長選挙では、23町のうち、4町で町長選挙が行われる話しも出て、「応援に行くから・・頑張って」と・・

それぞれの町長が固い握手を交わす夜となる。



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