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2018-07

春の流鏑馬が奉納される - 2018.03.12 Mon

昨日は、東日本大震災から7年を迎える日。

被災地の各地では、さまざまな追悼式が開かれ、昨日の様子が今朝の新聞各紙で報じられている。

毛呂山町では、国旗と町旗については半旗とし、哀悼の意を表すことはできたが、職員などは日曜日ということもあって午後2時46分の震災発生時間での「黙とう」については、個人々の判断とした。

昨日は、午前10時から出雲伊波比神社において、、「春の流鏑馬」という春祭りが開催された。

春の流鏑馬とは・・・

春祭りは、祈年祭(トシゴイノマツリ)と呼び、魔除け、招福、家内安全、郷土繁栄を祈る祭りと言われている。

出雲伊波比神社では、3月第2日曜日に行っており、流鏑馬が奉納される。これは秋の例大祭の流鏑馬について一の馬を出す祭馬区(さいばく)から出す慣わしとなっている。

乗り子は、6歳くらいの小学校入学前の幼児(男児)で、神社の馬場で乗り子が願的(がんまと)を射るが、戦後はしばらく春の流鏑馬が途絶えており、昭和51年の毛呂本郷区が当番の折に、諸氏の復活の熱意によってよみがえり、各祭馬区へと復活の気運によって現在に継承されている。

当日、祭馬が神社に着くと、馬のつめきり、口すすぎ等を行い、馬場に入り、口取りに口を取られたまま、乗り子を乗せて馬は馬場中央右手に位置する七五三木(シメギ)と呼ばれる榊(さかき)の所まで、馬見せのため二度往復し、三回目に乗り子が願的に矢を射放ち戻ってくる。

その後、乗り子は父親ともども拝殿でお祓いを受ける。

その間、口取りが馬場で素乗り、お祓いが終わると的宿まで引き返して、馬主接待と大儀(直会:なおらい)を行う。

的宿と神社までの往復の間と馬場内でも、乗り子の頭上に後ろから高く掲げられた笹竹に女性の婚礼衣装(うちかけ)を広げた形で結びつけたものが同行するが、これはオカイドリと呼ばれるもので、乗り子を守る母親の象徴。

「品陀和気命(ホンダワケノミコト:応神天皇)の御母、息長帯比売命(オチナガタラシヒメノミコト:神功皇后)が臥龍山に鎮まる我が子を思い、火となって飛んできた」という説話の母の象徴と言われている。

歴史と伝統を守る「毛呂山町の流鏑馬祭り」、その春祭りはさまざまな意味がある祭りであり、玉串奉典の作法の時には東日本大震災が発生した日ということもあり、世界、日本、そして毛呂山町の安寧を祈願することができた。
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