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2019-08

「感性を高めること」が、大事なんだと・・ - 2012.12.11 Tue

「小沢昭一が坂戸の文化会館に来て一人芝居やるんだよ。チケット買いに行くけど・・行くよね?」

そんな、私の問いに「何?それ?」と、妻の返事が返ってきた。

新婚当時の30年も前のことだが、演劇大好き青年の延長だったから演劇の公演予定などをいつも気にしていて、たまたま通りかかった坂戸文化会館の前に立て看板・・「小沢昭一来る」の文字を見つけた。

持ち合わせのお金がなかった?・・は、忘れたが、家に戻ってからチケットを買いにまた文化会館まで走ったのは憶えていて、それが「公演のおしらせ」から比較的に早かったのか・・

買い求めた席は、意外と前列のいい場所でラッキーだった。

「唐来参和(とうらいさんな)」という一人芝居だったが、内容が濃く、笑いあり、涙あり、小沢昭一という役者としての感性の高さに魅了(というより圧倒)され、帰りの車の中でいい芝居だったことを二人で話しながら・・また、どこかで公演があったら必ず見に行こうと約束した。

昨日、帰宅すると「ねえ、小沢昭一さん亡くなっちゃったね」と妻の言葉・・

以前、具合が良くなくてラジオの「小沢昭一の小沢昭一的こころ」で、過去に流した録音を再度使って番組を続けている話しを聞き、心配はしていたが・・現実のこととなってしまった。

妻も、私とあの「唐来参和」を見ていたから、同じ気持ちなのだろうが・・本当に残念な話しで11月10日に亡くなられた森光子、つい先日の中村勘三郎と、日本は大きな財産を一機に失ってしまったことになる。

芝居は「感性」だ。

感性が高くなければまったく面白くないし、感性が高い役者だからいい演技であり、いい芝居となる。

「いい感性」は、その人の「本能的要素」と「経験」と「こだわり」であり、その三つが揃わなければ「感性」は生まれて来ないと思っている。

そして、「いい感性」を持っている人間こそ、その道(どんな仕事)で「結果」を残していけるものだと・・

また、分析すれば「本能的要素」はその人間が生まれ・成長する過程で培われる先天的なものだが、「経験」と「こだわり」は、あくまでも後天的に培われるものである。

例えば、陶芸家にもランク付けのようなものがあったと仮定して、陶芸家を目指す若者が弟子入りをするとしたら・・

10の力(才能)を持つ師匠に弟子入りをした場合「覚えられる」というより「その師匠から盗み得る」という感性は、8~9の力量ということになるのだろう。

しかし、違う9という力(才能)を持つ師匠に弟子入りしたのでは、幾らその師匠の感性を盗み得ても7や8の力量でしかないということであり、たとえその弟子にすばらしい「本能的要素」があったとしても、後天的な技術面を伸ばすには限界となってしまうものだからだ。

つまり、「本能的要素」だけではないし、「経験」だけでもない、また「こだわりを持てばいい」というものでもなく、その三つが一つとなってこなければ「結果は現れないものなんだ」と・・

また「こだわり」は、「本能的要素」を持ち「経験」を積んでこそ培われるものであり、後天的な要素の中でもその人間ならでは「個性や考え方」によって大きく変化してくるものだろう。


それは、どんな仕事でも考えられることであり、農業でも・・

町が始める農業塾について「農協が同じようなことをやるのだから、町がやることはない」といった話しをする方がいるが、そもそも農協の考えている農業塾と町が考えている農業塾の視点が違う。

農協は、企業を退職した方々で農地を有するいわば兼業農家などのご主人を主体とした事業展開、出荷の関係もJAが運営する直売所であり、その裏側では年々と出荷される野菜の品質低下が問題となっており、その品質の底上げを併せた施策である。

特に、毛呂山町の直売所に出荷される野菜については、消費者だけでなく出荷者からも苦情が出ており、私も出荷組合の役員当時は大変苦労したものである。

特に、人間関係や出荷者の考え方が小さな直売所では大きな力となってしまい・・そのあたりが改革であったり、品質向上に対する壁となっているのは事実である。

JAとすれば、人気が無い直売所に対して閉鎖や統合といった改革的な思いはあっても、その地区の組合員さんの生業の拠点としての考え方からすれば、当然難しい施策であり・・あれやこれやと考えた挙句の農業塾なのだろう。

現在の日本の農業で、100%農協に頼った経営をしている農家があったら、それは珍しい農家であり、考えられるのは特定された農産物によって産地化された所だけだろう。

私も、平成5~6年まで出荷は農協(JA)が主体だったが、それでもその内の3割くらいは市場出荷もしており、市場出荷をしていたからこそ出荷する野菜に対する「厳しい目」が養えた訳だ。

市場では、自分がいいと思って出荷した野菜でも、その期待をまったく裏切るような安い価格が付けられてしまう。

当然需要と供給の狭間の世界だから流通社会の中で飽和状態になっている野菜などを市場に持ち込んでも、「なんでこんなもの出荷するんだ」くらいの評価しかしない。

もう25年も前の話し・・

台風直撃の後に飯能市場にキャベツを出荷したことがあったが、この時はキャベツ1個あたり300円以上の値が付き、それから一週間はせっせせっせとキャベツの出荷に追われ嬉しい悲鳴となった事があった。

逆に、サニーレタスでは悲惨。大体5月のゴールデンウィークを過ぎるとレタスは価格が下がってくるが・・

ある時、私が出荷したサニーレタスのダンボール十数個が次の日の朝、出荷に行ってみると市場の片隅においてあり、聞いてみると「値がつかず、しぶしぶどこかの八百屋さんが1箱20円の値で落としたが、どうも要らないみたいで持っていかない」とのこと・・
その朝、車に積んでいったサニーレタスは持ち帰り処分したが、ダンボールだって1箱80円の経費がかかり、サニーレタス12個納めた1箱が20円では、涙が出る話しだ。

鍛えられなければ農業なんてやっていけないし、いろいろな経験をして得ることは山ほどあり、それを後進に伝え育てることが大事だ。

農協に頼る農業は、首都近郊農業ではやっていけないもので、私が積んできた農業に対する持論は決していい加減なものではないし、私の考え方によって新規就農者が育っているのは事実であり結果だ。

また、農協を敵にしている訳ではまったくない。

(株)井上農場は一般の農業関連事業所よりJAとの取引が一番多い訳で、先日の一般質問でもある議員さんから「農協と関係でも悪いのか」と聞かれたが、質問そのものに呆れた。

野菜を作ればいい・・というものではなく、これからの農業の分野で「如何に、感性を高めていけるか」であり、それは、農地を開墾するフロンティアスピリット的な話しから始まり、農地を隣り合わせる隣人との境界を含めた人間関係や時に農地法であったり・・

私など、農地の貸借や請け負い耕作でトラブルとなり、弁護士に相談したことが何度あったか・・

つまり、「多くの経験があってからこそ行政の関わりや農政が発信するこれからの農業を後進に伝えられるものだ」と、言いたい訳で「野菜が作れればいい」や「出荷は直売所へ」ではなく・・

生産した野菜を如何にロスなく、幅広い流通・販売を選択し、時に貯蔵や加工を駆使しながら、消費者が喜びリピーターとなってくれるか・・それを目指さなかったら日本の・・そして、毛呂山町の農業は後退していくのだと・・

お孫さんにお小遣いをあげられるだけの収入ではなく、農業で税金が納められる農家をつくりましょうよ。


多くの皆さんと、町のこと・農業のこと・・語り明かす企画を考え中。


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